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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

経済思想と経済実体 ― ケインズ派政策の限界と代替制作案についての覚え書き


労働者擁護だけではすべてに人を救えない。ケインズ派における有効需要は投資+消費ですが、このうち、投資は確実に過剰生産につながりますから、将来に再び公共投資を繰り返さなければならなくなります。公共投資→過剰生産→公共投資→…の連鎖から逃れられない。現に、ケインズ派の経済政策で躍進した日本は、巨額の一般政府赤字で苦しんでいます。どこかで持続可能な別の制度を導入しないと、巨額の赤字は解消されない。

新しい制度の候補には、基礎所得や負の所得税が挙げられるでしょう。

労働者の立場を擁護する経済政策左派から出た基礎所得や、財貨と市場を基準にものを考える経済政策右派から出た負の所得税は、両派それぞれが自らの限界を認めたことを意味しています。

思想の中核と辺縁 ― それ自体を否定するインターフェイス


ある思想が絶対視されると、その思想は社会を居心地が著しく悪いものにしてしまうでしょう。

イスラム圏の中心部分では11世紀ごろにはすでに、社会福祉制度を持ち、精神医療さえ実現していました。

そのころのイスラム圏ではイスラム教が宗教として確立していながら、『千夜一夜物語』のように、絶対神アッラー信仰と相容れない要素を持つ文学作品も許容されていました。

現在のイスラム圏で、イスラム教に反する慣習として、女性が肌をかなり大胆に露出するベリー・ダンスを許容するエジプトや、ニュース番組の第一キャスターにキリスト教徒である女性でも採用するカタールは、自国内の政情が比較的安定しているのみならず、海外から干渉を受けることも少ない。対して、アフガニスタンのような原理主義の国の民は、あまり幸福とはいい難い。

ところで、思想の中で、それ自体を否定するインターフェイスを有しているものは、社会の中で絶対的になることを避けられます。例えば、老荘思想はそれそのものの否定から始まり、個人の尊厳を重視する自由主義そのものは合理的な思想ですが、合理性の押し付けを否定し、非合理性を大きく許容します。

経済思想と経済実態 ― 再配分銀行試案


前提と背景

中央銀行は景気が冷え込むと、金利を下げ、銀行に資金を提供する。さらに、中央銀行における各銀行の口座を水増しして量的緩和まで行うことがある。

しかし、中央銀行のこの金融政策で、直接潤うのは銀行のみであり、銀行が産業に積極的に出資しなければ、冷え込んだ景気は暖まらない。政策金利が長期金利を大きく下回ると、銀行は国債を買うだけで確実に利益を上げることができるようになるので、産業への積極的な出資はむしろ起こりにくくなることがある。

仮に銀行が産業に積極的な出資を行っても、産業が国内労働者の生活を底上げしてくれるとは限らない。銀行からの出資を、産業は外国での工場や営業拠点の確保に使うかもしれない。

銀行は融資を行うことで、利子を稼ぐ。つまり、銀行による積極的な融資は、より大きなデフレ圧力を時間差で生じさせることになる。現実には通貨の購買力は長期下落傾向にあるが、これは債権が不良化するためである。金融緩和の純額は、不良化した債権の総額に他ならない。

つまり、現在の資本主義システムで、債権の不良化と債権放棄は、好景気の後に不可避に発生してしまう。不良債権問題の本質は、債務を減免してもらえる者とそうでない者の間の格差なのだ。

再配分銀行

再配分銀行は、通貨発行権を持つ。

再配分銀行は、自国通貨建ての市場で、株、債権、不動産証券、商品先物など、広範囲な銘柄で基調に追従する長期ポジションを取る。

経済状態が良好で、投機市場の値動きが穏やかであると、再配分銀行は損失を被り続ける……つまり、通貨を市場に供給し続ける。経済状態が良好なのだから、通貨はすぐに投機から投資に流れ、産業育成の力となる。再配分銀行は通貨発行権を持っているので、いくら損失を被っても破綻しない。

経済が過熱し、株価などが一方的に上がり続けると、再配分銀行は買いポジションで利益を増し続ける……つまり、市場から通貨を吸収し続ける。再配分銀行は通貨を破棄処分することで、この利益を放棄し、市場を冷やす。過熱が終了すると、再配分銀行による通貨吸収も自然に止まる。

経済が冷え込み、株価が一方的に下がり続けると、再配分銀行は売りポジションで利益を増し続ける……ここでは、巨額の富を持っている株主などから、再配分銀行が通貨を吸収する。再配分銀行は、この利益を低所得者に配分する。

経済思想と経済の実体 ― 所得税について


所得税の累進性は強いほどいい。

高額所得者に対して所得税率が極めて高く、所得税に対する法人税率や株売却益課税率の落差が大きいほど、会社で働いている高額所得者が起業家や投資家になろうとする動機は強まります。実際、北欧経済はそれで強いのです。

高い課税率を避けるために、起業や投資ではなく、海外移住を選択する人もいますが、これは全く問題ありません。

所得は誰かからもらったお金です。

例えば、日本人野球選手が日本で活躍する場合、そのお金は主に日本人観客からもらったお金です。日本人野球選手がアメリカの大リーガーになった場合、その選手の所得の主な源はアメリカ人観客のお金ということになり、日本経済にとっては全く何の問題もありません。

日本の大会社の高給取りがアメリカの大会社の高給取りになっても同様です。

投下労働価値説のS&B、試案と序論


(S&BはScratch and Buildの略で、これまで構築してきたものをいったん破棄して、最初から作り直すことです。)

まずは用語を定義することから始めます。

「価値」 … 財の効用の大きさ。

「価格」 … 公平な市場での取引を介し、財の価値を通貨で相対的に表したもの。

「事業サイクル」 … 事業の1回の回転のことである。多くの場合、現金の受け取りと分配を含む。事業サイクルを完了させなければ、事業は継続成長できない。

「労働力」 … 事業サイクルへの参加する人の労働能力の諸要素の総和。資本家が労働者から買う労働力は、資本家にとって人件費として量化され、労働者にとっては報酬として量化されうる。また、資本家自身も事業計画や事業経営という形で労働力に加わり、事業サイクルに参加している。

「労働」 … 価値の創造に投下されたもの。1つの事業サイクル全体に投下された労働は、事業サイクルの終点での産物の価値から、事業サイクルの始点での資源の価値を差し引いたものに一致する。生産量が2倍になっても、創造された価値が生産量に比例して増えなければ、投下された労働も生産量に比例しない。需要に対する生産の過剰分は価値の創造にはならず、よって、労働にもならない。

「利益」 … 事業サイクルから人が受け取る価値。ドイツ語では「Verdienst」、英語では「profit」

「利潤」 … 事業サイクルから人が受け取る価値から、事業サイクルに人が投じたその人自身の労働を差し引いたもの。ドイツ語では「Gewinn」、英語では「gain」。

「搾取」 … ある人が事業サイクルで創造した価値よりも、その人が事業サイクルから受け取る価値が小さい場合、その人は搾取されている。逆であれば、その人は誰かを搾取している。


労働単位をuで表すとします。

平均的な労働者が家庭で4uの価値を生み出すことができ、工場で働けば10uの価値を生み出して8u相当の報酬を通貨で受け取ることができるとします。

資本家の労働分が20uであるとしましょう。

資本家が100人の労働者を雇うと、労働者から受け取る利潤は+200uになり、自らの労働投下分で差し出す利潤は20です。よって、資本家にとってのサイクル終端での最終利潤は
200u − 20u = +180u
になります。

労働者は工場で働くことで、利益を4uから8uに増します。しかし、10uの価値を叩き出すのに8uの報酬しかもらえていないのですから、自らの労働について利潤は−2uになります。ただし、資本家から20の1/100にあたる+0.2uの利潤もありますから、最終利潤は−1.8uのということになります。

資本家の利潤と労働者の利潤を足してみましょう。

180 + ((−1.8) × 100) = 0

利潤は全体でゼロサムになります。事業サイクルへの参加者全員の利潤が0を超えることはありません。


資本家は労働者を超える速度で富を蓄積しますが、労働投下効率の向上による事業の成長速度が十分に大きい場合、労働者は搾取されつつも富を蓄積して豊かになっていきます。しかし、労働者はほぼ常に搾取されているので、資本家と労働者の格差は広がっていくばかりであり、どこかで政体が何らかの調整をしなければ、経済は広がりすぎた格差により破綻に向かうことになります。