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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

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語学 ― 「is finished」と「is ended」


「is finished」は新聞記事などでよく目にする。

1) He is finished as a statesman. (彼は政治家として終わりだ。)
2) Intel Atom is finished as a CPU for mobile use. (インテルアトムはモバイル用途CPUとして完成されている。)

 (1)の「is finished」が「完成されている」という意味を持つことはほぼありえないが、(2)の「is finished」は「終わりだ」と解釈されることもありえる。
 英語の学習者にとって、新聞記事は必ずしも良い教材にはならない。語彙を増大させるのには役に立つが、英語の質そのものは高くない。
 比べると、トールキンの『指輪物語』の台詞では、「終わりだ」を「is ended」で表現している。

3) The realm of Sauron is ended...and now the King awaits to honor you. ([拙訳]サウロンの支配は終わった……そして今、王が君たちを讃えるために待っている。)
4) For many long years Sauron's reach I had challenged. He is ended and my task is done. ([拙訳]長年にわたってサウロンの魔の手に私は挑んできた。彼は滅び、私はやるべきことを成し遂げた。)

 主語が人でも物でも、「is ended」の解釈は「終わりだ」「滅んだ」などに限定される。
 トールキンの英語は美しい。

語学 ― 名詞の性


森(無性), forêt(女性), Wald(男性)
太陽(無性), soleil(男性), Sonne(女性)

日本語の名詞に性はありませんが、フランス語やドイツ語の名詞には性があります。

名詞の性については最初から明確なもの ― 例えば、「女性」を意味する「femme」と「Frau」はいずれも女性名詞です ― 以外については、語形による若干のものを除くと、規則性に乏しいといわれています。複数の言語を横断する共通概念もありません。

「森」と「太陽」については、フランス語とドイツ語で性が逆転しています。

しかし、極めて古い時代には、名詞の性は男性, 中性, 女性に分かれていたのではなく、動的, 静的に分かれていたらしいのです。名詞の中で、言語の使用者にとって、勢いがあるものされたのがやがては男性名詞になり、静かなものがやがては女性名詞になりました。

落葉で光がよく通るようになるフランスの森は女性名詞で表わされ、常緑針葉樹の多いドイツの森は男性名詞で表わされるようになった、夏にはぎらぎらと照りつけるフランスの太陽は男性名詞になったが、ドイツの太陽にはそこまでの勢いがなく、女性名詞になった ― などと考えると、一応理屈は通ります。

ところで、「花」を意味するフランス語の「fleur」もドイツ語の「Blume」も女性名詞ですが、イタリア語の「fiore」は男性名詞です。イタリアの花は可憐ではなく豪華だったのでしょうね。

語族としての中国人と日本人


近代史における経験、つまり、活版印刷技術を実用化したヨーロッパ世界に文明水準において追い抜かれ、その後にヨーロッパ人の軍事進攻の脅威に悩んだという部分は、確かに日本と中国の近代史で類似性を持っています。

中国の政治はある部分において、過去の日本と共通する要素を持っています。しかし、日本と中国の関係は近代以降においてあまりうまくいっていない。

語族としての歴史を考えると、日本人はヨーロッパ人よりも若く、族であり、中国人はヨーロッパ人より年上です。

言語は、アイヌ語のような抱合語→日本語のような膠着語→ドイツ語、フランス語、英語のような屈折語→中国語やベトナム語のような孤立語という変化を経験し、次第に考えるのには向かなくなり、伝えるのに向いたものになっていきます。

日本人は考えるのが上手で、考えるための基礎としての大がかりな哲学を必要としない。その代わり、伝えるのが苦手です。

ヨーロッパ人は考えるのが下手ですが、伝えるのは上手です。考えるのが苦手だから、あらかじめ考えておきます。だから、哲学が発達します。その中では、ドイツ人はどちらかといえば日本人に近く、イギリス人は中国人に近い。フランス人やイタリア人は文明の十字路にいたため、ちょっとターボがかかっています。

中国人は考えるのがヨーロッパ人よりもさらに下手です。その代わり、伝えることにおいては世界最高水準です。

日本人は問題を認識していながら、それを解決するのに必要な社会的合意を得るのに時間がかかります。一方、中国人は問題を認識することそのものに長い長い時間を必要としています。

中国人は問題を認識していながら、それを解決しようとしない、と日本人には感じられるでしょう。一方、日本人は解決策を自ら提示したのに、それに反する言動を示す人が多すぎる、と中国人には感じられるでしょう。日本人にとって中国人は横暴に、中国人にとって日本人は不実に見えることが多い。

しかし、実際のところ、たいてい、中国人は問題をまだ認識していないし、日本人は解決策にまだ社会的な合意が取れていない。

こういう語族としての互いの特性に気がつくには、中国でも日本でも、もっと人文科学に力を入れなければなりません。

語学 ― 英語 ― to 不定詞 or 動名詞?


動詞の後に、to 不定詞が来る例:

  • I hope(1) to be(2) in time. (私は時間に間に合うことを望む。)
  • I want(1) to ask(2) you a question. (私はあなたに1つ質問をしたい。)
  • I intend(1) to help(2) you out. (私はあなたを助け出すつもりだ。)

希望や意図を表わす動詞の目的語には、動名詞ではなく、to 不定詞が多い。

動詞の後に、動名詞が来る例:

  • I remember(2) meeting(1) him there.

(1)と(2)は行動の順序を表している。to 不定詞は動詞よりもちょっと後のことを、動名詞は動詞よりちょっと前のことをあらわすのに使われることが多い。

to 不定詞を使う場合と、動名詞を使う場合で、意味が大きく変わるものもある:

  • He will stop(2) smoking(1). (彼は煙草を吸うのをやめるだろう。)
  • He will stop(1) to smoke(2). (彼は立ち止まって煙草を吸うだろう。)

行動順序についての法則はここでも当てはまっている。

動詞の後に、動名詞が来る他の例:

  • They enjoyed dancing. (彼らは踊ることを楽しんだ。)
  • We practiced singing. (我々は歌うことを練習した。)

踊ってから後に楽しむのでもなく、楽しんだ後に踊るのでもない。踊ることと楽しむことは一体となって、同時に実行される。そういう場合も、動名詞を使うことが多い。

一見例外のようなものもあるが …

  • He ceased to smoke. (彼は煙草を吸うのをやめた。[そして、その後、彼は喫煙していない。])

「stopped smoking」と「ceased to smoke」には違いがある。

「stopped smoking」では以前の喫煙を過去のある時点でやめただけで、その後、再び喫煙をするようになったかどうかはわからない。しかし、「ceased to smoke」は、喫煙をやめた後、喫煙していないことを表している。後のことが重要なので、to 不定詞が使われている。

どちらでもよさそうなものでも、微妙な違いがある。

  • It began raining. ([雨が降りそうな状況で、]雨が降り始めた。)
  • It began to rain. ([単に、]雨が降り始めた。)

だから、突然の雨に驚いた時には、「To my surprise, it began to rain.」

ジョギングをしながらだったら、「I like jogging.」

語学 ― 英語の動詞、日本語の動詞


  • I drew a map. → 私は地図を描いた
  • I drew the veil over my face. → 私はそのベールを顔に被った
  • I drew closer to the table. → 私はテーブルのもっと近くに移動した

英語の"drew"である部分は、日本語の"描いた"、"被った"、"移動した"に相当している。

  • 私は約束を守った。 → I kept my promise.
  • 私は規則を守った。 → I followed the rule.
  • 私は彼女を守った。 → I protected her.

日本語の"守った"は、英語の"kept"、"followed"、"protected"に相当している。

英語の単語と日本語の単語は、1対1の対応関係にはない。

英語では、動作の形が似ていれば、同じ動詞で表される。"draw"は何かが別の何かと擦れ合いながら移動する形を表しているので、筆記用具と紙が擦れても、ベールと顔が擦れても、足と床が擦れても、"draw"という動詞を使って表現される。

日本語では、動作の結果が似ていれば、同じ動詞で表される。約束を守ること、規則を守ること、彼女を守ることは動作が全く似ていなくても、約束、規則、彼女がダメにならずに済むという結果をもたらすので、"守る"という動詞を使って表現される。

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