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資本主義と強い唯物論に疲れちゃった我々


まあ、まず乱暴に前提を提示することにする。我々は資本主義と強い唯物論にかなり疲れていて、「スピリチュアル」なもの ― その大部分は、弱い唯物論なんだが ― に嵌りやすくなっている。

特攻隊も、オウム事件も、日本人にとって決定的な教訓にならなかった。

細木和子のヤクザ風スピリチュアルが一世を風靡し、その後、社会状況が厳しさを増したら、今度は江原啓介と美輪明宏のオカマ風スピリチュアルが人気を集めている。スピリチュアルな説教屋がここまでテレビで稼げた時代があっただろうか?

アメリカのブッシュ大統領すら、スピリチュアルなキリスト教原理主義に嵌ってる。彼もまた、疲れちゃった人なんだよ。

そして、スピリチュアルブームの陰で、見過ごされる問題もある。

イスラム圏ではまだまだ女子に対する割礼(女性器をがさっと数センチも抉る残酷なもの)が行われたり、恋をした罪で少女が家族に焼き殺されたりするような地方もあり、1990年代までは人権擁護運動でこのような問題への対処が熱心に試行されていたが、今では少なくとも日本社会でこのような問題への左派(自由主義的社会主義勢力)の批判精神は減退してしまっている。イスラム教もスピリチュアルだからね。

チベット問題ではもちろん、中国に弾圧されている人々の人権を擁護するための努力は必要不可欠だ。しかし、スピリチュアルな亡命チベット政府に肩入れするのはまずい。(この亡命チベット政府に寄付でもした人がいるんじゃないかな? なんせ、これを書いている私もそうしたことがあるくらいだから。他人事じゃなくて、私も疲れてる。)

スピリチュアルな人が善人だとは限らない。

疲れちゃってる我々は、「スピリチュアル」なものに対して本来は当然である疑念を意識的に自らの内部に喚起しなくては、善悪や利害についての判断を大きく間違えてしまうことがある。

ところで、童話とか、東西の神話とか、『ロード・オブ・ザ・リング』とか、組織的な信仰に頼らずとも長く愛されてきたファンタジーものは、スピリチュアルなものの魅力と危うさをそろえて教えてくれる。邪悪な魔法使いが登場するのを忘れちゃいけない。

資本主義と強い唯物論に疲れちゃった という他に、デカルト的な二元論とか、全体的に、西洋主義的な思想に対する疲弊があるのでは・・・?
科学とスピリチュアル・オカルトの間になにか言葉に出来ない物がありそうなものなのに、「科学的じゃない」とかで切り捨てられてしまう事自体が、すごく二元論的な感じがする……。

さて、またまた、シンプソンズの劇中のセリフですが、
「科学がおれたちになにしてくれた!」
「科学は映画の中のおしゃべりおばさんみたなものだ。知りたくないことまで知らせてくれる」
 というセリフが「大発見? 天使の化石」(シーズン9か10)にありましてね。
 あのアニメは疲れちゃった人々でいっぱいですよ。

 ついでいうと、アメリカなどではいまだに進化論を認めない人がいるという現実もあのアニメで知りました。

  • 2008年04月07日月
  • URL
  • 七草 十四子 #-
  • 編集

コメントありがとうございます。

二元論に疲れてしまった人が、強い唯物論である客観的認識や科学に背を向けて、弱い唯物論である宗教やスピリチュアルに目を向けるんです。

強い唯物論と強い唯識論はどちらも手厳しくありますから。

  • 2008年04月09日水
  • URL
  • Lexar #tV7uNBRQ
  • 編集

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