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同性愛者についての随想


同性愛は生得的なものだ。

同性愛者は同性愛という特徴でのみ捉えられることが多いが、それ以外の点でも、異性愛者と異なるところが多々ある。血液型が血液のみならず全身を構成するすべての細胞の型であるように、同性愛者の気質は恋愛のみならず、人格と行動の全体を方向付ける。

政治的なことをいうと、人口の約10%を占め、社会集団として最も古くから存在し、日本では創価学会員より多く、アメリカではキリスト教原理主義者よりも数が多く、平均IQ、IQg、EQいずれにおいても異性愛者を凌駕し、全体として財力も大きく、しかも世代交代で他のあらゆる社会集団を侵食できる ― キリスト教原理主義者の子供たちにも、同性愛者はいる ― にもかかわらず、同性愛者が社会集団として実力に見合った影響を社会に与えることはほとんどない。

「同性同士だって家族愛がある」については疑わしい。少なくとも、異性愛者間の家族愛とは違うところもあると思われる。

複数の人で愛し合うこと(ポリアモリー)がいいと思っている人は異性愛者にも数多くいる。それでも異性婚が制度として成り立っているので、同性婚を考えるう上でも、ポリアモリーは無視できる。

同性愛者の恋愛は長続きしない傾向があるので、同性婚はうまくいかないことも多いが、「永遠の愛」を誓う二人に同性婚という選択肢があるのは悪くない。ただしこれはその二人の間の案件なので、結婚制度が必要だということではない。結婚に問題があるのではなく、結婚が制度となっていることに問題がある。

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