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Chaotic Neutral

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アイデンティティー論 ― アイデンティティーとアイデンティティー認識


アイデンティティー(identity)を錯覚ではないと考えるならば、「私は私である」はアイデンティティーの認識(つまり、identification)として錯覚ではない。なぜなら、私が私自身を指して使う「私」は一意であり、アプリオリに誰を指すのかが明らかだからだ。その一意性は、アイデンティティーを仮に錯覚ではないと考えるのならば、その他の過去の精神活動の蓄積物から独立して存在する。ゆえに、記憶を完全に失っても、アイデンティティー認識は消えない。

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