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Chaotic Neutral

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愛国心批判 ― III


日本人とアメリカ人のクラシック音楽愛好家には、フィンランドの作曲家、シベリウス好きが結構多くて、私も例外じゃない。シベリウスの『交響曲第6番』はマーラーの『交響曲第9番』より美しいと思う。(これは誰がなんといおうと譲れない。)

アメリカの高校の数学のクラスで、私の右隣にフィンランド人の極めて美しい少女が座ってた。フィンランド人はシベリウスの『交響曲第2番』や『フィンランディア』を涙を流しながら聴く、と思っていた私は彼女に、「シベリウスを聴くことがあるか?」と尋ねてみたら、「ほとんど聴かない。興味ないの」とのお返事。

私は少なからず彼女に幻滅した。私のノートを食い入るように覘きこむ彼女、フィンランド人のくせにシベリウスの素晴らしさがわからないなんて、ダメだなぁ、と思った。

日本人で日本の文化についてよく知らないと、馬鹿にされることがある、というのは多分本当だ。私もシベリウスを知らないフィンランド人を馬鹿にしてた。

しかし、国の発展を左右するのは、自国の文化への個人の関心ではない。

数学の時間に、フィンランドの美少女は誰よりも熱心に勉強していた。私は面倒くさそうに彼女に数学を教えてた。

15年くらいたって、フィンランドが産業競争力で世界第2位になったとき、日本は第21位に転落していた。

ちなみに第1位はアメリカだった。日本の高校教師があれほど馬鹿にしていたアメリカが、日本よりはるか上になっていた。

私もベートーヴェンに興味のないドイツ人にはがっかりするかも知れませんが、日本人ならば誰しもが歌舞伎に興味を持たねばならないとは思わないため、まあそれは趣味や芸術の選好の話し出し、とは思います。

逆に言えば、それが何人であろうとも、自分と趣味が同じであったらよいなぁとは思いますが、なかなか難しい所です。クラシック好きというだけでも趣味が同じという事にはなりませんし。

何人であっても趣味がある程度広くないと、会話していてもつまらないでしょうね。


さて、それはさておき、私は数学はあまり産業とは関係ないと思います。
例えば、ほとんど多くの人が大学や高校を卒業しても、複素数やベクトル、積分、行列などを使わないからです。

しかし、高校までに数学的思考方法を学ぶことは重要なことです。これができないと、ある事を考えていても、その先になかなか進めません。

日本の教育システム(他国のは知らないのですが)は、少し偏向があります。
古文や漢文の文法を強要しても産業にも人生にも役立ちませんし、英語の冠詞や不規則過去分詞を無理やり詰め込んでも会話や読解の役に立ちません。中学校までに習う英語は確かに必要な基礎的なものですが、高校までを義務教育にして、ゆっくり教えて行けばよいように思います。

それよりも、もっと色々な体験ができる事が重要ではないかと思います。ちょっと抽象的ですが。

  • 2009年08月15日土
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  • シュワの墓所 #-
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