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Chaotic Neutral

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シュワの墓所さんへの返信 ― Re: #comment613


Re: http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-1505.html#comment613

英語の「would」「could」も相手との距離感を調整するのに使われますね。英語圏では個人が高いに独立しているという社会虚構があるため、人に何かを頼む表現の種類が多い。主なものを上げれば次のようになります。

  • Open the window.
  • Please open the window.
  • Will you open the window?
  • Would you open the window?
  • Would you mind opening the window?
  • Would you mind if I asked you to open the window?

実際にはこれらの中間にも表現があったりします。

人類の言語では、時間的な表現と空間的な表現はだいたい同じになっています。「長い棒」もあり、「長い時間」もあります。これは洋の東西も、類型論的な特徴の違いも問いません。

ゆえに、現在の過去の間の距離感を表す過去形は、自分と相手の間の距離感を表わすのにも使われます。

過去形は事実と過程の間の距離感を表わすのにも使われます。

  • If I were a bird, I would fly to you.

日本語でもこれは変わりません。

  • もしもピアノが弾けたなら……

日本語では命令文でも過去形を使うことがあります。

  • このバナナ、安いよ。さあ、買った買った!

安いバナナが売れるはずだという期待と、まだバナナは売れていないという現実の間の距離感が、過去形で表現されています。

ええ、英語では過去に時制をずらす事によって、可能の度合いを下げたり、他人との距離感を表したりしますね。

この他人との距離感を表す時に過去の時制にする方法ですが、私の見たところ日本にもあります。

飲食店などで、注文を取る時、「以上で宜しかったでしょうか?」という言い方をする人がいます。これは「以上で宜しいですか?」よりも直接的な感じを緩和するかも知れません。
また、語調を整える役割も果たしていると考えます。長すぎる文も好まれないのに対して、短すぎる文も避けられる傾向があります。これは英語でも同じですね。


もしもピアノが弾けたならば、という表現には別の可能性もあります。

例えば、「明日、起きたら電話してね」「水は百度になったら気体になります」というそれぞれの文でも、未来、あるいは仮定の話であるのに、起きた、なった、など過去形が使われています。
しかし、どちらも不確定、あるいは起こりそうもない空想の未来、という意味ではありません。

ではなぜ過去形になっているのでしょうか。
これは、物事の推移の順序を表しているためではないでしょうか?

明日、起きるという動作の後に、電話をする、という動作をして欲しい場合、電話をするという行動に比べて、起きるという動作は必ず過去のものになります。
「パパが帰ったら伝えといてね」これも、パパが帰る事が、伝える事の前提、過去条件になります。つまり手順を説明しているのです。「具が充分に柔らかくなったら、ルーを溶かし入れてください」なども同様です。

「水が100度になったら、気体になる」というのは、要望や手順ではありませんが、一般的な事象としての説明の順序を表しています。水が100度になる事があって初めて、水は気化する、という事をこの文では述べています。
「馬が豆を腹いっぱい食べて、水を飲んだら、死んでしまう」これも同様に、事象の起こる順序、条件を表しています。過去形になっている方が先に起こるべきもので、条件です。
「メタンハイドレードが海底から溶け出したら、地球が温暖化する」というのも同様です。

「もしもピアノが弾けたなら・・」という表現も、同様に考えられないでしょうか。
「宝くじでも当たったら、フェラーリを買えるんだけどなぁ・・」これは仮定と願望がセットになっています。つまり、宝くじが当たる結果、欲しかったフェラーリが買える、という順序です。
「もう5cm背が高ければ、バスケット選手になれたのに・・・」これも、背が高い事の次に、バスケット選手になる可能性が来ます。つまり順序、条件です。

恐らく、「もしもピアノが弾けたなら・・」の後には、「どんなによいか」「幸せだろうなぁ」といったものが省略されているのではないでしょうか?
そう考えると、もしもピアノが弾けたなら・・・の弾けた、という過去形は、次に来る幸福よりも先にくるべきもの、つまり前提条件であり、ピアノが弾ける状態の後に、幸福が来る、という空想物語の順序が示されている事になります。


「買った、買った!」という表現もよく聞きますね(といっても主に映画やドラマの中での方が多いですが)。「こっちくんなって。ほら、行った、行った!」「冷めない内に、食べた、食べた!」ちょっと変種としては自分の決意を強調する時に、「あ〜ぁ、こんな事やってられるか!もーやめた、やめた!」

これらは実現していない、という時制の違いを表している、というよりも(だとすると、むしろ未来系にする方が時制も合致します)、強い意思、要請を表すため、既に既成事実、確定行動のような雰囲気を作り出すための語法ではないでしょうか?

買った、買った! というのは、まだ買っていなくても、さも買った事実が成立しているかのような表現方法になっています。
やめた、やめた! というのも、過去形にする事により、これからやめようかどうしようか決断するのではなく、もう決定済みで、行動済みですらあるように表しています。
つまり、行動完了の先取りで、他の選択肢はさもなかったかのような気分作りをしようとしています。

  • 2010年10月19日火
  • URL
  • シュワの墓主 #-
  • 編集

あれ? 今みたところ、「ご注文は〜で宜しかったでしょうか?」という事についての話題はこの一つ前に既にしていますね。

随分前の事なので、忘却して居りました。
完全に重複していますね。どうも私は、would you を見ると、「宜しかったでしょうか」の話を自動的にしてしまうようです。トンチンカンなコメント失礼致しました。


英語表現と日本語表現の類似性については、他にも考えました。

英語では、以下のような否定疑問文、及び、否定付加疑問文に対しては、日本語とは異なった言い方で答える。

Don't you go to play soccor?
(サッカーをしに行かないのですか?)

You are my best friend, aren't you?
(あなたは私の最高の友達です。そうじゃない?)

つまり、否定かどうかを聞かれているのですが、答えが肯定の場合なら、なんとYesで答えます。

Yes,I do.

Yes,I am.

のようにです。


つまり、


「あなたはご飯食べにいかないのですか?」
(に対し)
「はい、行きます。」

のようになってしまうので、違和感があります。

「行かない」に対して「はい」ならば、普通は、
ああ、「行かない」んだな、という事になりそうです。

ここまでで、「なんか英語って変で、イギリス人は論理的ではないなー」
という事になってしまいそうです。


↓これは以前、mixiの日記に書いたものです。


【日本語にもあった、英語的表現】

しかし実は、こういった表現方法は、一般的な日本語にもあったのです。
例を挙げましょう。

甲「あの子、可愛くない?」
乙「うんそうだね、可愛いね」

「ない?」という疑問文に対し、「うんそうだね」と答えていますが、実は答えは肯定文です。

他にも

甲「そろそろ、ご飯食べに行きませんか?」
乙「はい、そうしましょう」

なんて場面も想定できます。


この場合の、〜ない? という表現は、本当に心底「〜ない」と思っているわけではなく、実際は各々、

「あの子、可愛いね」

「ご飯食べに行きたいです」

という意味なのです。
疑問文というよりも、催促文であったり、ほぼ肯定文であったりします。
そして、相手に対する意志の確認作業として、「ない?」
という表現を使っています。

だから、答える方も、肯定ならば「うん」「ええ」「はい」などを使うのです。

ですから、否定的な答えをする場合は・・

甲「あの子、可愛くない?」
乙「いや、僕の好みじゃないな」

とか、

甲「そろそろ、ご飯食べに行きませんか?」
乙「すいません、ちょっと片付けなければならない仕事があるので」

なんて事になります。

乙「はい、食べに行くつもりはありません」

とはなりません。



【英語表現に隠された意図】

そこから、英語表現にある、Yes,Noの日本語との逆の使用法について類推します。

もしかしたら、英語での否定付加疑問文はもちろんの事、否定疑問文でさえも、もともとは質問者は肯定の意図しかないのかも知れません。
つまり、英語で否定疑問文を使う時は、話者は本当は答えを半ば知っていて、反語的な意味で使っているのだ、という仮説です。

You always play video games, but hardly study.
Aren't you student?

学校の先生が、生徒に、上記のように、

「あなたはいつもテレビゲームばかりして、勉強はほとんどしません。
あなたは学生ではないのですか?」

と訊きます。

この場合、先生はその生徒が学生であるかどうか知らないから訊いてるのではなく、もちろん学生だと知っているのです。

つまり、本当は「学生でしょ!?」という肯定的な意味の、確認作業なのです。
そこで、答えも、

Yws,I am.

という風になります。


または、ある人が釣りに行く、という話をしていて、それで荷物がかさばって大変である、という話になって、
聞いてる方は、相手が車を持っている事を知っているので、当然、車で行くと思っていたのに、なぜ、荷物がかさばることをそんなに心配しているのか疑問に思い、

甲 Don't you go by car to there?
乙 No, I don't. The car is broken now.
乙 Therefore I decided to go by a train.

あなたは車でいかないのですか?(当然、車で行くと思っている)

いいえ、車で行きません。今、故障しているんです。
そこで、電車で行く事にしました。

という会話の流れになります。
質問者は、車で行くのでしょう?という肯定の意味合いで訊いているので、答えは、「いいえ、車では行きません」といったものになります。


もし、英語での否定疑問文の使用方法が、上記のような殆ど肯定疑問文としての意味合いだけに限られているならば、

質問が、肯定、否定いずれの疑問文でも、

答えは、述語に対して肯定ならばYes, 否定ならばNo, というのも頷ける話です。


以上が、日本語の用法から、英語の否定疑問文の話者の使用方法に対しての推論になります。

  • 2010年10月19日火
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  • シュワの墓主 #-
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