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覚え書き ― 大日本帝国憲法公布直前のこと


ドイツ人医学者ベルツの日記より引用:

1889年2月9日(東京) 東京では,11日の憲法発布をひかえてその準備のため,言語に絶する騒ぎを演じて いた。至るところで奉祝門(ほうしゅくもん),イルミネーション(照明)や行列等 の祝賀行事が行われた。 だが,こっけいなことには,誰も憲法の内容を存じないのだ。
1889年2月16日(東京) ‥‥日本憲法が発布された。もともと,国民に委(ゆだ)ねられた自由なるものは, ほんのわずかである。しかしながら,不思議なことにも,以前は「奴隷化された」ド イツの国民以上の自由を与えようとはしないといって憤慨(ふんがい)したあの新聞 が,すべて満足の意を表しているのだ。
 大日本帝国憲法は実のところ民意を表わしてはいなかった。内容に欠陥があることは周知のことですが、じつは成立過程にも深刻な欠陥があったのです。大日本帝国憲法下の言論の自由はかなり制限されていましたから、内容の欠陥が修正されることもなかった。
 (比べれば、成立過程に問題があることは否めませんが、日本国憲法は言論の自由を保証しつつ、60年を超えて改変されていません。)

中学校で習った時には、あまりピンと来なかった言論の自由・・・

まさか、後でここまで重要なものだと思うとは・・・。


他にも重要な概念としては、

信教の自由
完全普通選挙
徴兵制の撤廃


後は、憲法1条を止めて、替わりに25条を1条に持ってくればよいだけなのだ・・・惜しい!

  • 2009年08月21日金
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  • シュワの墓所 #-
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