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思想の中核と辺縁 ― イデオロギーと教職員の組合 ― I


「イデオロギー」の定義を調べてみます。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E6%80%9D%E6%83%B3&dtype=0&stype=0&dname=0na&ref=1&index=01339701080800

イデオロギー【(ドイツ)Ideologie】

1 政治・道徳・宗教・哲学・芸術などにおける、歴史的、社会的立場に制約された考え方。観念形態。

2 一般に、思想傾向。特に、政治・社会思想。

全日本教職員組合(全教)、日本教職員組合(日教組)、全日本教職員連盟(全日教連)のいずれにもイデオロギーがあります。

社会はイデオロギーなしには成り立ちません。天皇も憲法も民主主義もイデオロギーの産物です。

社会的な意味で教職員の組合について考えるために、「イデオロギー」をさらに限定してみましょう。

ここでのイデオロギーは、辞書による定義に加えて、次のような限定を含むものとします:
(1) 政治的主張を含んでいる
(2) 偏向した先入観を含んでいる
(3) 社会闘争的である。

論点を明確にするためには、ここでさらに「政治的」と「偏向した」をきっちりと定義しなければならないように感じます。

教職員の組合について考えているのですから、「政治的」とは、「選挙において、各教職員の投票行動に影響を与えうる」としましょう。教育予算の拡大はどの教職員にとっても利益になりますから政治的ではなく、君が代斉唱への賛成や反対は政治的です。

ある考え方が「偏向した」ものかどうかは、何かと比べて判断する必要のあることです。日本において60年を超えて国民全体の合意になっている日本国憲法は1つの判断基準になります。また、日本国憲法はあらかじめ国際協調主義を掲げていますから、教育に関連して国連を介して成立した国際合意も判断基準になります。憲法や国際合意に反する考え方は、当然、偏向した先入観であると判定されます。憲法や国際合意によって触れられていない案件について考え方は、それを判断する基準がないので、偏向していないものとします。

(つづく)

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思想の中核と辺縁 ― イデオロギーと教職員の組合 ― II

参照: http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-1325.html まずは、日本教職員組合(日教組)の考えを読んでみることにします。 政策制度要求と提言には政治...