金融庁が『金融改革プログラム − 金融サービス立国への挑戦 − 』を出したのは2004年12月24日のことだった。
金融危機により金融システムがきしみ音を出し続けている2007年夏からの時間を経験した我々にとって、『改革プログラム』は色あせて見える。
http://www.fsa.go.jp/news/newsj/16/f-20041224-6a.pdf
これからの金融行政は、「安定」から「活力」へというフェーズの転換を踏まえつつ、利用者の満足度が高く、国際的にも高い評価が得られるような金融システムを「官」の主導ではなく、「民」の力によって実現するよう目指す必要がある。
あれから4年弱で、世界は「活力」から「安定」に向けて、大きく舵を切りなおした。アメリカのウォール街でも、資本の最上階に証券会社は存在しなくなった。
もちろん、この理由としてすぐに思い浮かぶのはサブプライムローン焦げ付き問題ではある。しかし、サブプライムローン焦げ付きがなかったとしても、金融立国には無理が生じていたと思う。
金融で知られているスイスでも、労働者の過半数が機械工業に従事している。そもそも、スイスの金融は金融技術の進歩ではなく、秘密口座での金融資産預かりなどのタックスヘイヴン的政策によるものなのだ。
金融技術は本質的に進歩がない。
1970年ごろまで、北海道の旭川に、小間物屋を営むお婆さんがいました。このお婆さん、10日間移動平均を上抜いたら買い、下抜いたら売るという、投資家や投機家ならばだれでも知っている単純な手法を40年間続けることで、2億円も稼いでしまった。(1970年の2億円というのは実に巨額のお金です。)
比べると、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者を経営陣に要するLTCMはたった4年、金融工学の「天才」たちがやっていたサブプライムローン関連はたった3年でダメになった。
仮に小間物屋のお婆さんが今でも生きていたとすると、ノーベル賞受賞者と「天才」たちを空売りで容易に打ち負かしたに違いない。
金融では、割安優良企業への手堅い出資を行う「土」、基調へ臨機応変に追従する「風」、斬新な発想への集中的な資本投下を行う「火」、国債、株、天然資源に分散する「水」の相対的優位性が入れ替わるだけである。ループ状の変化があるだけなのだ。
アメリカでは、1980年代が「風」の時代で、1992年のソロスの大成功が「風」の栄光の1つの頂点になる。1992年はHTTPプロトコルとWWWの誕生年であり、2006年までが「火」の時代といえる。「火」は最後の3年間に不動産ブームを生じさせ、その崩壊とともに鎮火される。2007年夏以降は、国債への投資比率の高い「水」が圧倒的に強くなっている。
比べれば、現在の自動車工学が50年前のそれに劣ることはまずありえないし、現在のコンピューターが50年前のそれに性能と信頼性で負けることは絶対にありえない。
1980年代末にエンジンブレーキ効果発生時に燃料供給を切る機構が備わるようになり、自動車には燃費の面で大幅な改善が生じた。変速機では、MT → AT → DCTという変遷が見られ、DCTはMTに近いが、燃費低下と動作性能向上を実現している。
IntelのCPU設計は、Pentium ProやPentium IIIのP6から、Pentium 4やPentium DのNetBurstを経て、Core SoloやCore 2 QuadのCoreへと変遷し、CoreはNetBurstよりもP6に近いという点では先祖がえりといえるが、CoreがP6よりはるかに優れていることはいうまでもない。いろいろな方法を模索しながら、スパイラル状に進化の軌跡を描いている。
結局、立国の基本はスパイラル状に進化する物作りにならざるをえないと思う。物作りにこだわったという点に限定すれば、不人気に泣かされた森喜郎の政治姿勢は正しかった。