謝罪外交についての追記 

対中国経済援助で有償無償を合わせて6兆円をつぎ込んだ日本が中国から信頼を得ることができず、ほとんど報道はされませんが、天皇が東南アジアで生卵を投げつけられたりするのは、謝罪にいまひとつ迫力がないからです。

お金がかからず、誰も殺さず、相手国の政体と民の間にある種の亀裂を生み、外交で主導権を握れるので、ヨーロッパでは1990年代に謝罪外交が1つのブームになりました。イギリスの首相は、ジャガイモ飢饉についてアイルランドに、ワイタンギ条約後の不当な行為についてマオリ族に謝罪しました。謝罪の範疇は、過去150年もの長い期間の出来事に及んでいます。

その効果として単一事例で最も注目に値するのは、イェドヴァブネでのユダヤ人虐殺事件の再調査です。ドイツ人のよるものとされていたユダヤ人虐殺事件は、ポーランド系アメリカ人の調査で、ポーランド人加害者によるものであることが分かりました。ポーランド側がドイツ側の名誉の一端を回復したのです。

こういう事例の積み重ねなくして、真の友好と平和などあり得ない。

ちなみに、ドイツとポーランドは10年ほど前に最終和解に達していて、ポーランドには謝罪したドイツのブラント首相をたたえるブラント広場が作られています。それでもなお、シュレーダー首相はナチスの過去の蛮行について、「恥ずかしさに身がすくむ」との謝罪の言葉を述べました。日本の右派の一部が妄想しているような、「ナチスだけが悪く、その他のドイツ人は関係ない」という態度では全くありません。

今年、ドイツのメルケル首相もやはり謝罪しました。

私は時々こう思います: ヒットラーが侵略で成し遂げられなかったことを、後のドイツの首相たちは謝罪外交で成し遂げました。


[2008/11/14 06:51] 無分類 | TB(0) | CM(0)

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