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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

経済思想と経済実体 ― 構造問題


Re: http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-1165.html#comment546

 ケインズ的な就労機会創出には必ず副作用を伴います。
 経済活性化のために政府が土木建築工事を発注すれば、土木建築業種が肥大します。
 政府が土木建築工事の発注をやめれば、肥大した業種のいくつかは倒産し、業種はもちろんのこと、他の業種にまで悪影響が波及することがあります。
 日本経済問題はまさにこれに他ならない。
 しかし、肥大した業種のかなりの数の会社を倒産あるいは業種転換させなければ、構造問題は解決しない。
 このことを理解しているという点では、鳩山由紀夫は小泉純一郎の政策を部分継承しつつあるといえるでしょう。そして、小泉純一郎にとってそうであったように、景気ばかりを気にする亀井静香の存在は再び政策の障害となるでしょう。
 業種肥大化の危険性は土木建築だけにとどまらない。環境保全技術関連にも、政府はあまりお金を出さないほうがいい。環境保全が必要であれば、そのための基準や規則を設けるだけでいい。

思想の中核と辺縁 ― 国学について ― II


 人の認識が比較に依存することは自明なので、認識に依存する学問は、当然、比較に依存します。
 人文科学や社会科学では、外部要素の輸入は避けられない。内部要素と外部要素の比較こは、内部要素の理解に必要不可欠だからです。
 例えば、イギリスにおける学術界は、フランスにおけるそれから大量に輸入して成立しています。英語の学術用語に古英語を語源とする単語は乏しく、ほぼ全てがラテン語やフランス語から採りいれられたものです。英語の語彙全体でも、70%近くがフランス語経由で入ってきたイタリック系の単語です。
 自分たちが特別だという思い込みの強さは、日本人の特別なところでしょう。
 「国学」に相当する学術分野は、欧米諸国に存在しない。彼らは日本人ほど自前の要素にこだわらない。
 ジョン・ロックが王権神授説を否定したことは、アメリカの独立宣言だけではなく、法体系の違いを超えてフランス革命にも大きな影響を与えています。アメリカ社会とフランス社会には、その後、ロックやホッブズが考えた合理的な自由だけではなく、ドイツ哲学的な非合理な自由も定着しました。ドイツ哲学の非合理な自由の源流は、古のギリシアのテューモス(気概)に遡ります。
 フランス社会の諸制度はギリシアからイギリスに至る様々な外国の影響を思想面に受けながら実装されていますが、フランス人はそんなことをいちいち気にしない。自分がそれを理解し、それを自分のものにしていれば、それは自分のものなのです。

 

思想の中核と辺縁 ― 国学について ― I


 国学は元来根なし草です。
 日本という国の文化そのものは、遺伝的にも多様な源を持つ人々が、アジア地域の様々な文化を吸収し、自らの文化に同化させていった結果です。その日本文化から外来の要素を削り取っていくと、もうほとんど何も残らない。なにしろ、天皇家の伝統すら、外来要素なんですから。
 国学の中でも学問としてある程度まともな実証主義的な派の研究成果は、現在の国語学などに残っているのですが、これもあまり流行らない。研究成果が注目されないだけではなくて、研究することそのものが放棄されているという感じがします。
 そういうこともあってのことなのか、例えば、伝統的に正しい「紅茶でよろしかったでしょうか?」が間違いだと見なされ、駆逐されつつあります。時間的な距離感を表わす過去形で、空間的な距離感も表現するのは細やかな言語感覚の表れですが、このような表現を擁護するのは、国学者ではなく、主に社会言語学者の仕事になっています。