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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

投機方法論 ― フラクタルな構造の繰り返し


東京アラビカ先限つなぎ足
(←チャートはクリックで拡大します)

この手法はまだ研究中で、完全な実用化には至っていません。

時系列Pのt日間の最高値と最安値の差を返す関数を R(P, t) とします。市場が効率的であり、新しい情報がもたらされていない間は、値動きはランダムなので、関数Rについて次のことが成り立ちます。

R(P, mt) = ma·R(P, t) = m1/2·R(P, t)

いいかえると、期間がm倍になれば、最高値と最安値の差はm1/2倍になります。

市場の効率性が低下し、値動きがランダムではなくカオスになると、 a > 1/2 となります。値動きがランダムではなければ、一見無秩序のような値動きの中には、何らかの法則性とその繰り返しが存在し、価格をファンダメンタルズから大きく乖離した位置に突き飛ばします。カオスな時系列は高確率でフラクタルな時系列でもあります。

チャート上の1の安値は前後の安値寄り下にあり、孤立安です。しかも、この安値は孤立安だけを抽出した孤立安時系列の中でも孤立安であり、なおかつ、移動平均から乖離しているため、高確率でフラクタルな構造の角の1つです。2も同じように有効な孤立安であり、12を結ぶ線はフラクタルなノイズを避けているので、かなり信頼性の高いトレンドラインになります。312の時点の間で付けた最高値であり、132は高い確率でフラクタルな構造になっていると思われます。

この構造内において、買い方が優勢ではありますが、短期間の急落もみられ、時間軸上の利益密度では売り方のほうが勝っています。同じ構造が拡大されて繰り返すならば、売りの好機が発生することが予想されます。

その後、値動きは前述のフラクタルな構造をすっぽり内包するチャンネルから抜け出しました。値動きがチャンネルに戻る瞬間は売りの好機でとなりました。

振り返ってみると、フラクタルな構造がサイズを増して、再び繰り返されたことが分かります。

個別株 ― 8604 野村ホールディングス


(←クリックで拡大します)

うまくいかなかった例です。

AとBはいずれも移動平均から乖離した有効な孤立高であり、これらに基づいて、トレンドラインABを引くことができました。このトレンドラインを上に抜けるダマシが発生したように見えますが、そうではありません。有効な孤立安aとbをを結んだトレンドラインabが引けるまで、トレンドラインABを基準とすることはありませんでした。

bが有効な孤立安として確定したのは、7月16日のことです。

ここで問題になるのは、価格は既にトレンドラインABを上抜いているので、もう仕掛けることができないことです。値動きが分析の隙間をすり抜けてしまいました。

Cは暫定です。トレンドラインBCを引くことができるかもしれませんが、まだまだ先のことになるでしょう。

個別株 ― 8515 アイフル


8515 アイフル
このチャートでも、機械的なルールでトレンドラインを引くことができました。25日間移動平均の下にある孤立安を結んだだけです。

6月29日にトレンドラインを下抜いているように見えますが、24日が有効な孤立安として確定したのは30日のことですから、29日の時点でこのトレンドラインは引けておらず、トレンドラインは7月8日に一時的に、7月9日に終値ベースでも、7月10日に完全に下抜かれたことになります。

7月1日は有効な孤立高です。次の有効な孤立高が1日よりも低いところで生じれば、下降トレンドラインを引くことができるようになります。

個別株 ― 4755 楽天


4755楽天
(画像はクリックで拡大します)

トレンドラインこそが最強のテクニカルだと思うこのごろです。

コンピュータで自動的にトレンドラインを描くのは実は難しい。しかし、人間にとっては簡単です。カリスマトレーダーの多くがトレンドラインを描いているのです。

将棋の羽生名人の脳のMRI画像で、他の棋士とは違って、脳の表面だけでなく奥のほうにも活発な活動領域があり、しかも、その領域の活動は経験で鍛えられるらしいのです。

チャートは学術的には長らく無意味とされてきましたが、チャートが価格変動を反映していることは間違いがないし、人間がチャートから経験的に何かを学び取ることもまた間違いありません。チャートに取り組まなければ、少なくとも、脳のある部分を鍛える機会を逸することになります。

私も学術寄りだったこれまでの考えを改め、コツコツとゲージツ的にトレンドラインを描くことにしました。

楽天は出来高が大きく、手軽に変える価格帯にある銘柄の中でピカイチに強い。こういう素直な銘柄ならば、あらかじめ決められたルールに沿って客観的にトレンドラインを描くこともできます。

覚え書き ― 大日本帝国憲法公布直前のこと


ドイツ人医学者ベルツの日記より引用:

1889年2月9日(東京) 東京では,11日の憲法発布をひかえてその準備のため,言語に絶する騒ぎを演じて いた。至るところで奉祝門(ほうしゅくもん),イルミネーション(照明)や行列等 の祝賀行事が行われた。 だが,こっけいなことには,誰も憲法の内容を存じないのだ。
1889年2月16日(東京) ‥‥日本憲法が発布された。もともと,国民に委(ゆだ)ねられた自由なるものは, ほんのわずかである。しかしながら,不思議なことにも,以前は「奴隷化された」ド イツの国民以上の自由を与えようとはしないといって憤慨(ふんがい)したあの新聞 が,すべて満足の意を表しているのだ。
 大日本帝国憲法は実のところ民意を表わしてはいなかった。内容に欠陥があることは周知のことですが、じつは成立過程にも深刻な欠陥があったのです。大日本帝国憲法下の言論の自由はかなり制限されていましたから、内容の欠陥が修正されることもなかった。
 (比べれば、成立過程に問題があることは否めませんが、日本国憲法は言論の自由を保証しつつ、60年を超えて改変されていません。)