ユダヤ的な発想では、神は資源であり終焉であるので、「その前」は存在しない。時間も神によって作られたことになります。天(空間)もまた、神によって作られたことになります。
こういう発想は、グノーシス神話に通じるものがあります。ユダヤ教から分化したキリスト教にも、グノーシス派なるものがあります。アインシュタインの相対性理論はグノーシス神話的で、絶対時間を否定します。
そもそも、我々人間は、時間を見たことがありません。我々は太陽の動きや時計の動きを見て、時間という考えを持っているにすぎません。
絶対時間の経過によって森羅万象に変化が起こるのではなく、森羅万象の変化を観察する人間の思考に、時間という概念が生まれる、とも考えることができます。
ただし、ユダヤ教の神は人格神であり、人格神と絶対神は本質的には矛盾しています。人格は相対的なものだからです。
つまり、虚無または混沌こそが、実は絶対神のはずであり、プロティノスや老子はそういうところを正確に認識しているという点では、ユダヤ教より奥深い。