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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

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宗教と神秘主義 ― 虚無と諸思想


ユダヤ的な発想では、神は資源であり終焉であるので、「その前」は存在しない。時間も神によって作られたことになります。天(空間)もまた、神によって作られたことになります。

こういう発想は、グノーシス神話に通じるものがあります。ユダヤ教から分化したキリスト教にも、グノーシス派なるものがあります。アインシュタインの相対性理論はグノーシス神話的で、絶対時間を否定します。

そもそも、我々人間は、時間を見たことがありません。我々は太陽の動きや時計の動きを見て、時間という考えを持っているにすぎません。

絶対時間の経過によって森羅万象に変化が起こるのではなく、森羅万象の変化を観察する人間の思考に、時間という概念が生まれる、とも考えることができます。

ただし、ユダヤ教の神は人格神であり、人格神と絶対神は本質的には矛盾しています。人格は相対的なものだからです。

つまり、虚無または混沌こそが、実は絶対神のはずであり、プロティノスや老子はそういうところを正確に認識しているという点では、ユダヤ教より奥深い。

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キャラ萌えバトン


■好きなキャラ全員に共通していることといえば? 女の道は一本道。

■その中で一番好きなキャラは? ルーシー@エルフェンリート。

■そのキャラのどこがいい? 集中豪雨的愛憎とベクター。

■何がきっかけで好きになった? 原作漫画。

■もしそのキャラに殺されるとしたら? 苦しむ間もなくベクターで瞬殺。

■はっきりいってそのキャラの嫌な部分は? ありえん。

■そのキャラがもし現実に現れて、自分と2人きりになったとしたら? 結果として、人類滅亡。

自己紹介バトン


(★)貴方の名前 Lexar

(★)貴方の年齢 38(現世)+30(1つ前)+62(2つ前)

(★)好きなもの 時間と空間と空と大地

(★)今現在恋人 エリス

(★)好きなタイプ ヤンデレ、ツンデレ

(★)嫌いなタイプ クーデレ

(★)好きな漫画 『蟲師』(萌えキャラがいないのに泣ける)、『エルフェンリート』(キャラ萌えで泣ける)

(★)好きな食物 カキフライ

(★)好きな音楽 ロマン派と雑音系現代音楽とアニソン

(★)好きなブランド Key、Âge、AB2、エヌ・ピー・シー(世界最強)

(★)回す人を色にすると (あえてアンカーに)

(★)罰ゲーム (○×ゲーム.Run())


x2
 x6
 x4x8

いうまでもなく、①は定石。x2も定石で、引き分け確定。いやむしろ、最初から引き分け確定。

マネタリストにおける負の所得税案浮上の必然性


マネタリストは政府の財政出動ではなく、政策金利や中央銀行にある商業銀行の口座を調整して、過度の好況や不況に対処しようとします。政府がお金を使うのではなく、中央銀行がお金を配るのです。

しかし、商業銀行が貸し渋れば、そこでお金が滞り、マネタリストの政策は失敗します。それを回避するには、商業銀行を迂回して、お金を配らなければならない。マネタリストの経済政策理論を完璧にしようとすれば、負の所得税という案が浮上するのは必然だったと思います。

しかし、負の所得税という制度を導入しようとすると、為政者は法の支配と法治主義の境界ぎりぎりまで踏み込むことになるでしょう。

マネタリストとしてフリードマンはそのぎりぎりまで踏み込んだ主張を述べた。

家庭用ゲーム機の興亡から考える計画経済の功罪


アタリ社が出した家庭用ゲーム機は一時はとても売れましたが、参入条件をあまりに野放図にしていたため、粗悪ゲームが大量に出回り、ゲーム機が売れなくなるなりました。これがいわゆるアタリショックです。計画しないと失敗することがあります。

任天堂はゲーム制作会社を厳しく査定することで、アタリショックの再来を回避しました。市場の側から見ると、任天堂は需要のあるゲームを作らせることに成功したことになり、労働価値説の側から見ると、任天堂は労働の投下の効率性を上げたことになります。計画したほうがうまくいくことがあります。

ゲームの需給市場が成熟し、ゲーム雑誌でゲームについての情報が十分に得られる時代になると、参入資格が緩やかで、個人にも安価な開発環境を提供するソニー陣営の方に人気が集まり、ソニープレイステーションが任天堂スーパーファミコンよりも基本性能が高かったこともあり、業界で最高水準の技術を持っていたスクウェアなどを始めとする多くのゲーム制作会社がソニー陣営に鞍替えしました。計画しなくてもうまくいくならば、計画しない方がいい。

最近の任天堂は若年層とかつてはゲームをしなかった人々にゲーム市場を拡大し、再びゲーム業界を牽引するようになりました。ゲーム雑誌を読まない層のためには、やっぱり計画したほうがいい。

結論としては、もはや自明に近い、計画すべきことは計画すべきだし、計画しなくてもよさそうなことは計画しない方がいいかもしれない、ということに尽る。しかし、ここからがまた難しい。計画すべきだということがはっきりするまでは計画しない方がいい、という考え方と、計画しなくてもいいということがはっきりするまでは計画したほうがいい、という考え方の間には、かなり幅の広い溝があります。

「労働力」と「労働」


リカードの定義を使うと、価値に反映されているのは、「支配された労働」ではなく、「投下された労働」です。マルクスの定義を使うと、何人の「労働力」を使ったのかではなく、その労働力から引き出した「労働」が価値に反映されるのです。

ゆえに、100人の労働者で作った農作物と、トラクターと10人の労働者で作った農作物が同じ価値を持つということは当然あり得ます。価値に反映されるのは労働力ではなく、労働であるからです。

ダメなデザイナー100人の妥協点としてのバッグよりも、優れたデザイナーが1人で考え出したバッグの方が、大きな価値を持つかもしれません。

つまり、マルクスは最初から市場で需要のある財を作ることを意識していたことになります。もしそうでなかったとしたら、労働力と労働を分ける必要性もなかったでしょうし、計画経済を考えることもなかったでしょう。

全知を含まない全能


日本語の「全能」という単語に相当するものを英語に探すと、「almighty」は「他のすべてに対して絶対的な力を有している」「相対的に無制限の力を有している」を意味し、「omnipotent」は「ほぼ無制限の権威と影響力を有している」を意味します。「なんでも可能である」というのとはちょっと違うかもしれません。はっきりしているのは、ゾロアスター教から派生した一神教において、神より高い権威や大きな力を持つ存在は考えられていないということです。

出エジプト記6.3で初めて「私はアブラハム、イサク、ヤコブには全能の神として現れた」という言葉が出てきます。しかしながら、神はそれ以前に実はアブラハムの信仰を試しているのですから、この場合の「全能」は明らかに「全知」を含んではいないようです。

ゾロアスター教→ユダヤ教→キリスト教→イスラム教という流れで、神がまだ行使したことがない力もあります。例えば、時間の巻き戻しは行われていません。

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