商品先物 ― 東京小豆 

東京小豆
凡庸なトレンド追従の売り込みを狙う。そろそろ大当たりが欲しい。


[2008/02/19 20:25] 商品先物 | TB(0) | CM(0)

ユダヤ教についての雑記 

ユダヤ教的論理において、神の全能性と悪魔や悲劇の存在は矛盾しない。全能ゆえに、神は善も悪も作ることができます。そして、神が造りたもうた世界で、人間は神と悪魔の間に立ち、日々の生き方において試されていて、信仰を守る責任は人間に課せられています。

旧約聖書に描かれる神をユダヤ教とキリスト教は共有しています。ユダヤ教とキリスト教の最大の対立点は、キリストを神の子と認めるかどうかです。ユダヤ教では、救世主はまだ降臨していないことになっています。

ユダヤ教にもキリスト教にも、「我々は等しく不完全で罪を背負った存在である」という教義は、本来、ありません。むしろそれを否定する記述のほうが経典に顕著です。旧約聖書では、超人エノクは罪を犯さず、罪を悔いあらためるという経験もしません。エノクが人として生まれながら、神と共に歩み、死を経ることなく神のもとに帰っていったことが示されています。

妬みはユダヤ教で忌むべき感情の代表格の1つ ― 何しろ、『旧約聖書』で信仰上の躓きの原因として、妬みは筆頭に数えられる ― であり、妬みを抱いてしまったカインがアベルを殺す物語が『旧約聖書』に含まれています。

そして、その『旧約聖書』に、神自身の言葉として、「私は妬む神である」という記述があります。神にそのような感情を抱かせたのは祭司アロンが作った金の子牛ですが、アロンはこの大きな裏切りがあるにもかかわらず、この件では罰を受けていません。

ユダヤ人にとってのダヴィデ王は、日本人にとっての神武天皇に相当します。ユダヤ人の経典にはダヴィデ王の愚行と罪状がかなり詳しく描かれていますが、日本人の古事記にも日本書紀にも、神武天皇の愚行や悪行はほとんど描かれていません。これは、ユダヤ人と日本人の大きな違いの一端を垣間見させてくれます。


[2008/02/19 18:00] 無分類 | TB(0) | CM(0)