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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

音楽 ― 『だんご大家族』


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京都アニメーション制作の『CLANNAD』のエンディングテーマをスペクトラム分析してみた。

冒頭にボーカルと旋律パーカッション(マリンバかシンセ?)の同度ユニゾンがあり、最後の30秒くらいも同様のユニゾンだ。この間、ほかの楽器は一切鳴っていない。ボーカルも1人だけだ。

図の中で赤色は各周波数帯のピークボリュームを、薄紫は各周波数帯の35秒平均ボリュームを表している。つまり、薄紫はユニゾン部分の分析結果だ。

この同度ユニゾン部分の帯域の厚みに驚かされる。

声だけだと周波数帯域の細い音楽になってしまうが、倍音を豊かに含むパーカッションをテンポ等間隔刻みではなく、ボーカルに完全追従させることで、帯域をうまく膨らませている。

これと似たようなことをやった作曲家としてまず思い浮かぶのは、ドビュッシーと並んでフランス印象派を代表するラヴェルで、『ボレロ』では金管楽器の旋律にスネアドラムが追従して、周波数帯域を膨らませている。

経済思想と経済実体 ― 本当のリカード


一般の誤解とは大きく異なり、経済学者であるリカードは現在の感覚では極端な自由主義者とは程遠い。

貧民法廃止の主張の論拠として、リカードは、「貧民の慰楽と福祉とは、彼らの数の増加を規制し、かつ早婚や不用意な結婚を彼らの間で減少せしめるために、彼らの側での幾らかの注意か、立法者の側での幾らかの努力がなければ、永久に確保され得ないことは、疑を容れない真理である」と語っている。規制に反対するどころか、リカード自身が積極的に規制を唱えている。

リカードは、貧民の数を増やさないように、早婚や不用意な結婚を減少させるために、「彼らの側での幾らかの注意か、立法者の側での幾らかの努力」が必要だと述べている。貧民法を廃止して貧民を放任せよということではなく、貧民法以外の別の政策の導入をリカードは主張している。

リカードとケインズと中身が多少異なるだけで、政体による経済への生産前テコ入れを容認し、はたまた、主張しているところでは似ている。

経済思想と経済実体 ― インフレ&デフレ、ケインズ&フリードマン


平均所得の1万倍の所得がある人は、1万台の車を購入したりしない。フェラーリは高級車だが、軽自動車1万台分の価値はない。

所得額の大きい人は、余った分を蓄える。平均の1万倍の所得のある人は、平均の1万倍以上に貯蓄することになる。これは経済をデフレ方向に引っ張る。基本的に、格差が大きいほど、デフレが進む。(ケインズが「インフレは吸収できる」という持論を唱えていたのも、それが、「経済において強者と弱者が必ずいる」ということに近い確実性があったからだ。)

多くの企業の財務内容には負債が含まれるので、デフレ率を超えて、企業従業員の受け取り可能報酬実質額は下がる。一般に、企業はこの問題を従業員削減で解決する。基本的に、デフレが進むほど、格差はさらに拡大する。(逆に、スタグフレーションに至らない範囲では、インフレが生じた場合、借金の実質目減りがあるので、インフレ率を超えて、企業従業員の受け取り可能報酬実質額が上がる。)

フリードマンが提唱した負の所得税制度を導入すると、貧しい層に回った現金はすぐに市場を循環するようになる。これは、量的な金融緩和政策で中央銀行における各商業銀行の預金額を水増しするよりも効果が高い。