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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

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投資理論 ― 100万円からのアウトサイドテクニカル分析


行動後に不定期更新という方針でやっていく。-×

7736ユニオンホールディングス、4798日本LCAを売り抜いた。

2007.07.31

銘柄 コード 買い
日付
株数 約定値 現在値 値洗い
資金額 969,500

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参院選2007 ― 野党側勝利!


参議院で野党側が過半数を獲得したので、野党側がそろって反対する法案は通りにくくなる。

自民党総裁 安部晋三は辞任するつもりはないようだ。この逆風の中で解散総選挙をやっても勝てないから、衆議院の解散もない。仮に安部晋三が辞任するとしたら、自民党は別の誰かを総裁に選ぶだけ。

野党側にとっては、安部晋三が辞任しない方が得が多い。年金問題に加え、不祥事が続出した安部晋三政権が続けば、与党側にとっての逆風は次の衆議院選挙まで続く。

日本ではなかなか政権与党の交代が起こらなかった。昔は政策で行きづまると、与党が代わるのではなく、与党内の派閥が代わることで、行き詰まりを打開してきた。しかし現在の自民党では森派が強すぎて、派閥交代が難しい。

政界で与党交代に必要な条件のいくつかは満たされている。

語学 ― 漢語と同音異義語


「こうしょうが終わり、彼はこうしょうした」が、「交渉が終わり、彼は巧笑した」なら、彼は愛想笑いをしたことになり、「交渉が終わり、彼は哄笑した」ならば大笑いしたことになる。

マスコミではいろいろ苦労があるようで、例えば、「こんしゅう」は「今週」なのか「今秋」なのかわからないので、後者のために新しく「こんあき」という読み方を考案た。しかし「こんあき」の定着度は期待通りではなさそうで、「この秋」「今年の秋」ということが多いようだ。

「科学」と「化学」は混同しやすいので、後者を「ばけがく」と読むこともあり、社名では面倒なので、「株式会社~化学」よりも「株式会社~ケミカルズ」のほうが好まれても仕方がない。

学問の発達により、江戸時代には予定していなかった漢字の組み合わせが問題になることも多い。「工学」と「光学」、「硬口蓋」と「高口蓋」、「後母音」と「高母音」と「広母音」、「抜歯」と「抜糸」。

識別は容易ではない。同音異義語の多い漢語は、今のままでは、話し言葉に向きません。話し言葉に使われないものは、やがて、書き言葉にも使われなくなる。

言語 ― 表音文字と正書法


日本語で歴史的仮名遣い「てふてふ」が、現代の発音をより忠実に反映した現代仮名遣い「ちょうちょう」に変更されたのは良いことだ。日本語ではさらに良いことに、発音変化に綴りを裁量で合わせることが伝統として定着し、「でかい」→「でけぇ」のように、発音のインスタンスに合わせても綴りが変更される。

フランス語やドイツ語も発音の変化に応じて綴りを合わせてきたため、むしろ扱いやすい。「numerieren」がドイツ語の新正書法で「nummerieren」になったのは良いことだ。実際の発音をできる限り規則的に表記できることこそ、表音文字の本分だからである。

一方、英語では大母音推移が終わっても、新しい発音に綴りを合わせなかったため、綴りと発音の関係に多くの不規則性が生じていて、収拾がつかない事態になっている。

[i:]→[ai] ― child, light
[e:]→[i:] ― deep, see
[u:]→[au] ― house, cow
[o:]→[u:] ― food, soon
[O:]→[ou] ― home, oak
[a:]→[ei] ― haste, take

英語ではつづりと発音の間の不規則性が大きいため、発音のインスタンスに合わせて綴りを変更することは難しい。改革を拒んだことで、英語は綴りの整合性と柔軟性の両方で多くを失った。

同性愛者についての随想


同性愛は生得的なものだ。

同性愛者は同性愛という特徴でのみ捉えられることが多いが、それ以外の点でも、異性愛者と異なるところが多々ある。血液型が血液のみならず全身を構成するすべての細胞の型であるように、同性愛者の気質は恋愛のみならず、人格と行動の全体を方向付ける。

政治的なことをいうと、人口の約10%を占め、社会集団として最も古くから存在し、日本では創価学会員より多く、アメリカではキリスト教原理主義者よりも数が多く、平均IQ、IQg、EQいずれにおいても異性愛者を凌駕し、全体として財力も大きく、しかも世代交代で他のあらゆる社会集団を侵食できる ― キリスト教原理主義者の子供たちにも、同性愛者はいる ― にもかかわらず、同性愛者が社会集団として実力に見合った影響を社会に与えることはほとんどない。

「同性同士だって家族愛がある」については疑わしい。少なくとも、異性愛者間の家族愛とは違うところもあると思われる。

複数の人で愛し合うこと(ポリアモリー)がいいと思っている人は異性愛者にも数多くいる。それでも異性婚が制度として成り立っているので、同性婚を考えるう上でも、ポリアモリーは無視できる。

同性愛者の恋愛は長続きしない傾向があるので、同性婚はうまくいかないことも多いが、「永遠の愛」を誓う二人に同性婚という選択肢があるのは悪くない。ただしこれはその二人の間の案件なので、結婚制度が必要だということではない。結婚に問題があるのではなく、結婚が制度となっていることに問題がある。

アンケート「あなたは国のために死ねますか?」結果


アンケート「あなたは国のために死ねますか?」結果

↑要Adobe Reader

おおむね予想通り。

日本のお国のために死んでくれる人は結構いるみたいだから、死にたくない人は死ぬ必要がなさそう。

よかったよかった。

語学 ― 「*お話しされる」


「お助けする」「お参りする」「お慕いする」のように、動詞に前置される「お」は本来は謙譲を表すもので、京都芸者の「お見やす」のように尊敬の意で使う誤用は江戸時代に目立つようになり、現代語に定着した。「お話しされる」を「話をされる」と置き換えても問題なく通じるので、正しい表現に戻そうと頑張るならば、まだ手遅れではない。

語学 ― 「飲み物のほうはよろしかったでしょうか?」


「長い道のり」と「長い時間」、「遠い目的地」と「遠い未来」のように、空間における距離感と時間軸上の距離感を表す表現は、日本語でも共通している。「よろしかったでしょうか?」は従業員と客の間の距離感を過去形で表わしたもので、正しい表現だ。「飲み物はよろしいでしょうか?」だと距離感が詰まってしまう。

ほかに、現実と理想のギャップを表す時にも、「もしもピアノが弾けたなら~」のように過去形が使われる。(英語の仮定法を熟知している人は、この判断を間違えない。日本語を理解するにも、外国語を学ぶ必要がある。)

語学 ― 「始めさせていただきます」


「いわせていただきます」は相手の意思を無視してでも何かを発言することを宣言するものですから、丁寧であっても謙譲の意味はない。「始めさせていただきます」も同様。

できるだけ早いうちに、どこかの偉い先生が「『開始いたします』を使いなさい」といいださないと、「始めさせていただきます」の誤用は定着する可能性がある。

投資理論 ― 100万円からのアウトサイドテクニカル分析投資


行動後に不定期更新という方針でやっていく。−×

8839ニチモを売り抜いた。

2007.07.09

銘柄 コード 買い
日付
株数 約定値 現在値 値洗い
日本LCA 4798 07.04.20 300 246 180 −19,800
ユニオン
ホールディングス
7736 07.04.17 600 161 190 +18,600
資金額 813,100 


語学 ― フランス語の名詞の性とフランス社会における性別の縛り


イタリア語の「fiorellino」は、「花」を意味する「fiore」に縮小辞がついたもの。「fiore」は男性名詞なので、「fiorellino」も男性名詞だが、女性である恋人への呼び掛けに使って差し支えがない。

スペイン語の「Ámame, como la noche a la luna」を日本語に訳すると、「私を愛して、夜(noche)が月(luna)を愛するように」になる。「noche」は女性名詞だが、ここでは男性を指す比喩表現となっている。

一方、フランス語の名詞の性は単なる文法上の決まり事ではない。女性である恋人への呼び掛けに、男性名詞である「lapin」(兎)や「choux」(キャベツ)は使えない。「loulou」(幼児語で「狼」)は男性名詞なので、女性に呼びかけるときのために新たに女性名詞「louloutte」が作られる始末。「心」を意味する「cœur」は例外的に女性を指して使える可能な男性名詞だが、これは「cœur」の意味がすこぶる抽象的だからだ。

「Ámame, como la noche a la luna」をフランス語に直訳すると、「Aime-moi, comme la nuit à la lune」になるが、なんだか百合モノを連想させられるかもしれない。「空」を表す男性名詞「ciel」を使い、「Aime-moi, comme le ciel à la lune」とするのが無難。

フランス語の性の縛りはきつい。

そして、やっぱり、フランス社会の性別の縛りもきつい

ヨーロッパ先進国の中で、フランスだけが、21世紀に入っても、社会の意思決定に大きな責任を持つ要職に占める女性の数が、男性の半分以下だった。

フランス語とフランス女性の社会的地位の因果関係は不明だが、フランスはどちらについても改善を求められている。EUが勧告を突きつけたのはいきすぎだが、フランス人は自ら打開策を考えた方がいい。

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