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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

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参院選2007 ― 護憲派のための選挙戦略


きくちゆみさんからから教えてもらって、グローバルプログレッシブメディアアクションからダウンロードして、貼り付けてみた。

民主党にある程度票を集中しないと野党候補は共倒れになる、という懸念と、当選後に民主党の議員が憲法第9条の改悪に賛成するかもしれない、という懸念の両方を解決している名案。

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語学 ― 英語と日本人の心


英語は世界の言語のなかでも特にスピリチュアルな言語だ。英語を学ぶことは、日本人の心の中のある部分を澄み渡った状態にするだろう。

日本語では、代名詞が常に社会的関係性を意として含んでいる。同じ人物が、時と場合により、「俺」「僕」「私」「お前」「君」「あなた」などを使い分ける。コミュニケーションにおいて、日本語は個人に社会的な仮面を被りつづけることを強いる。

一方、現在の英語では常に話者は「I」で、被話者は「you」で表さる。これは社会的な身分や関係性によって変わることがない。英語はが仮面を脱いで向かい合うことを、日々の会話の中で促す。フランス語もドイツ語もこの点で英語にやや及ばない。

読売新聞のロンドン支局長との談話で、指揮者小澤征爾は日本人を次のように評している:

・勤勉だ。
・繊細だが、弱く聞こえることがある。
人の反応を気にしすぎるので、他人と違うことをやりたがらない。(やや信じがたいことですが、彼自身もこのことに悩んでいるそうだ。)
・日本人は創造性が欠如している。

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夏目漱石も同じような悩みを抱えていたようで、「智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ」という言葉がある。西洋では意地を通せれば自由になれるのに、日本では逆に窮屈になる。

人間は思考にも言語を用いるから、用いる言語によって思考がある程度束縛されり。日本語では人間関係の部分が肥大しているので、日本人は人間関係についてアメリカ人やイギリス人ほどうまく考えることができない。だから、戦争に突入すると止まれないし、学校や社会でのいじめは深刻化する傾向が強いし、ビジネスはしばしば飲み会抜きでは進まない。製造業が中心の頃は日本経済に勢いがあったが、サービス業が重要な時代になると、日本経済には元気がない。

(複雑に肥大している部分が言語の弱い部分になる。日本語で「兄」や「弟」を英語では「elder brother」「younger brother」で表せるが、英語の「brother」を日本語で表わすのには手間がかかる。部品が小さければ組み合わせて作れる形が多様になり、部品がもっと大きいと作れる形の種類がもっと制限される。)

参院選2007 ― 宅八郎と九条ネット


九条ネットからの出馬を希望するようなことをいっていた宅八郎は:

 1) フジサンケイグループの扶桑社の雑誌『SPA!』に連載していた
 2) 論争相手の個人情報を一般雑誌の誌面にむやみに公開したことが多々ある
 3) 「萌え」をスローガンとした選挙活動を行った
 4) 渋谷区長選の得票率は8.5%にすぎなかった

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(1)は過去のこととして考えてもいいです。

(2)は平和運動にとって明らかに懸念要素。

(3)の「萌え」ってのはそもそも政治的に危ない。「萌え」の本質は、どこか欠けた所のある想像上または現実の個人に対する、ある種の好意的な感情の高ぶりと使命感のようなもの。この使命感のようなものは伝染する。アニメ『灼眼のシャナ』で命を捨てて使命を果たそうとする、一般常識の欠けた少女に、視聴者が萌えるこの構造って、どこか、命を散らした世間知らずな若き特攻隊員に萌えるウヨの心情と通じるものがある。

(4)を考慮すると、この人を出しても参院選に勝てないと思われる。
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