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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

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スペースデブリと弾道ミサイル ― II


デブリを宇宙空間に大量にばらまけば、弾道ミサイルを防ぐことができる。現時点でこれ以上に確実な方法はない。

しかしやらない。

宇宙空間にばらまかれたゴミは秒速8kmくらいでうろちょろするようになり、人間が打ち上げた宇宙船も撃墜されてしまうことになるからだ。これは困る。

要するに、数十万、数百万の人間の命を救うための具体的な方策を準備することすら、禁忌なのだ。

宇宙への進出は何よりも優先される。

天を仰ぎ見る者こそが、人類社会でほぼ常々、指導的立場にあった。古くは教会などの宗教組織の構成員が天にまします神に祈った。キリスト教だろうが、神道だろうが、最高神は天を統べる神だ。科学の進歩とともに、人類の中で頭のいい人々は、少なくとも心の中では、宗教を卒業し、宇宙空間に歩みを進め始めた。

地球上の生命は、巨大隕石の衝突による地殻津波と岩石蒸気、全球凍結、巨大な火山噴火などで、幾度も生命全種の95%を超える大量絶滅を経験してきた。

可能なあらゆる手段を講じて生き延びようとするのが生命の本質ならば、人類もまたその本質から生まれてきた存在だ。そして地球上で今のところ、人類のみが、次の大量絶滅を阻止したり、あるいは、他の惑星へと生命の営みを広げていく可能性を秘めている。

だからこそ、弾道ミサイルをスペースデブリで防いではいけない。また、弾道ミサイルを作る技術だって、次の巨大隕石に対処する技術につながっている。

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スペースデブリと弾道ミサイル ― I


スペースデブリは、人類が宇宙に進出する過程で宇宙空間に放置してきた、ロケットや人工衛星の残骸のなれの果て。つまり、宇宙のゴミ。

これらゴミが増えると、新たに宇宙空間に向けてロケットを飛ばすことが難しくなる。ゴミは音速の3倍から8倍くらいの速度で移動を続けていて、数mmのゴミが衝突するだけでも、ロケットに大きなダメージが生じることになる。

で、考えた。意図的にゴミをばらまけば、弾道ミサイルも防げるのではないか?

試みに、待ち伏せ期間はごく短く、半径50mの範囲に爆発物の破片が散らばることを考えてみた。

コンピュータ上でx, y, z座標を乱数で生成し、半径50mの球状空間に破片をばらまいてみた。実際に計算したのは球状空間の1/8。球状空間はどの方向から見ても「正面」なので、球状空間を通過する直線は、どの方向から侵入しても1/8の領域を2つ以上通過することになる。

ゴミの破片が球状空間内に10000ある時、つまり、球状空間の1/8の領域に1250個の破片が散らばっていると、球状空間を直線的に通過する半径50cmの球は、球状空間の1/8の領域で、約80%の確率で破片に衝突する。1/8の領域を2つ通過するのだから、球状空間を抜ける前に約96%の確率で、破片は半径50cmの球に命中する。(実は面倒なので、ゴミの破片の大きさを計算していない。これを計算に入れれば、命中率はさらに上昇する。)

長さのあるミサイルに対してなら、破片はもっと確実に命中する。命中率に問題はない。あとは威力だ。

音速で命中する1.44kgの徹甲弾と同程度の衝突時衝撃を求めるならば、各破片の重さは9gで十分だ。

H2A202ならば4tくらいまで大丈夫なので、爆薬等の質量を積み荷の半分としても、9gの破片を実に20万個以上もばらまくことが可能。半径135mまで球状空間が広がっても、ほぼ確実に命中させられる。

つまり、現在の人類の科学技術で、弾道ミサイルを破壊することは十分に可能。

ただし、これをやってしまうと、人類の宇宙進出はそこで終わりになる、かもしれない。

(つづく)

語学 ― 言語圏と文明の進歩速度


日本人らしさの中核にあるのは何よりも日本語だと思う。西洋からの影響が大きい今日、呉服はかなりすたれてきたが、日本語はすたれていない。これはほかの民族も同じようなもの。

ゆえに、この世の文明の切り分けるのに、言語の壁を使うのは結構妥当だ。

言語類型論では、すべての言語を抱合語、膠着語、屈折語、孤立語に分ける。アメリカ原住民やアイヌの言語は抱合語、日本語と韓国語は膠着語、ドイツ語とフランス語は屈折語、中国語は孤立語だ。

文法の特に語形変化に着目すると、抱合語がもっとも複雑で、孤立語はもっとも単純だ。

さて、類型論でそれぞれの型に分類されている言語は、永久にそのままその型にとどまるのではない

抱合語として始まった言語は、やがて、膠着語→屈折語→孤立語という変遷をたどる。平安時代の日本語は今よりはるかに複雑だったし、現在は孤立語となっている中国語も、西暦300年頃までは屈折語で、動詞に過去形が存在した。今や「cut」「put」などの動詞の活用が擦り切れ、孤立語化が進んできている英語も、昔はドイツ語のように複雑だった。

単純さに向かうこの変遷を促すのは、文字による表記だ。日本語を例にとると、「取り消し」は「取消し」とも「取消」とも表記される。紙面での意味伝達効率向上のため、語形変化を端折る。表記上のこの単純化に引きずられるように、言語の文法も単純になっていく。

文字による表記が始まってからの年月を数えると、日本語圏よりも英語圏のほうが古く、中国語圏はさらにさらに古いことになる。

しかし、若い日本語圏が歴史の長い中国語圏より先を走っている。日本語圏は走り続けてきたが、中国語圏はのろのろと歩いてきたのだ。

文明の優劣を比較するのは最近流行らない。しかし、率直にいって、日本語圏は進歩速度が大きい。進歩速度を評価基準にすれば、日本語圏は極めて優秀ということになる。走り続けてみんな疲れがたまっているけど。

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