search this site:

Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

教育基本法「改正」案批判


結論からいえば、「改正」案は実際のところ改悪案だ。

現行第2条:

教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

「改正」案第2条の5:

伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

伝統と分化を尊重しすぎると、発展はない。最初から保守的な人間を作ることを教育の目標にする国は、程なく国際社会の負け組になってしまう。

スポンサーサイト

語学 ― 天皇と敬語


言葉遣いのことについて考えてみたんだが、通常、名目であれ実質であれ、国家元首クラスの人物について語るときに、マスコミは敬語を使わないのが通例ではないか?

日経新聞がブッシュ大統領について語るときには、「ブッシュ大統領は国連安保理での対北朝鮮決議に賛成した中国に謝意を表明した」「ブッシュ米大統領が、同テロで崩壊したューヨークの世界貿易センター跡地を訪れ献花、犠牲者を追悼した」「米大統領は5日、7月に辞任したノーマン・ミネタ前運輸長官に代わる新長官にメアリー・ピーターズ元連邦幹線道路局長を指名すると発表した」みたいな言葉で表現していた、大統領には「閣下」みたいな敬称がつかず、尊敬語も使用されていない。

イギリス国王についての国営放送BBCが書いているページでも、「her majesty」(陛下)は使用されていない。

国家元首クラスは私人ではなくもはや機関といっていいほどの公人中の公人で、対して語るときには敬語を使用するのが自然だが、ついて語るときにはむしろ敬語を使わない方が自然だろう。

例えば、「日本国」や「財務省」に敬語を使わないのと同じ。

初等中等教育の学科


個人的な見解では、最も重要なのは数学です。数学は世界のどこに行っても価値があります。

次に重要なのは英語です。英語は地球上で最も広く話されていますが、日本国内ではあまり話されていないので、放っておいては日本の子供たちの身につきません。

3番目は国語です。自国語が3番目というのは奇妙なことですが、日本語圏には絵と文字の両方を駆使するマンガがありますので、日本の子供たちは文字を覚えるのにあまり苦労しないのです。

4番目は、あえていいますが、音楽です。ドイツ人作曲家がうまく和音を付けられず、最初と最後が不自然なユニゾンになっている君が代の格好悪さを気にしない日本人って、音楽センスが悪すぎです。

5番目は保険体育です。今世紀の終わりごろには、人類の体がHIVに対して免疫性を持つようになり、エイズは風邪みたいな病気になるでしょうが、それまであと80年くらいかかります。

6番目は社会です。もっと経済の仕組みを十分に教えてください。

7番目は理科です。理科をあまり重視していないのは、生きているだけで、自然はいつも最高の教師としてそこにあり、人間はどっちにしても、自然と比較してあまりいい仕事が出来ないからです。

8番目は家庭科です。文明の利器の発達で、料理は簡単になりました。ニンテンドーDSが細かいところまで教えてくれます。

9番目が図画工作です。この分野は才能がものをいうので、才能のある人には教えなくてもいいし、才能がない人には教えても無駄です。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。