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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

対中国策 ― 棚から牡丹餅


尖閣諸島案件で、管直人政権は大衆の批判を浴びている最中ですが、財界の一角には、尖閣諸島案件を希有な僥倖と見なし、政権による対応を高く評価する声が聞かれ始めています。

尖閣諸島案件で、中国が横暴すぎる行動を取ったため、国際世論は中国異質論に傾いているらしい。中国に対する警戒感を強めたのは日本だけではなかった。

ここで資本主義と市場原理に日本人が幻滅するようなことがあれば、東アジア情勢は不安定化するので、最前線にいる日本の経済力を引き上げるべく、国際社会は日本に協力的にならざるをえないらしい。

対中国策 ― 中華思想とその変遷および農村戸籍者


 中国は問題である。それも特大の問題であり、21世紀人類にとって中国の存在そのものが最大の試練であろう。
  我々は中国を理解する必要がある。中国を理解せずして、効果的な対中国策が策定できるはずもない。
 中国を理解する上で、中華思想とそれが近現代において経験した試練と変化は外せない。
 中華思想には、「王化」と「化外」の概念があり、これは、ヨーロッパ民族主義における国と国境の概念の代わりとなっている。
 中華思想では、天子がしろしめす都から王化が進み、やがては王化の及ばない化外の地に至る。中華思想の世界観には、くっきりと引かれた国境がない。自国と他国の境界はあいまいだ。
 比較すると、ヨーロッパ人は早くからくっきりとした国境を好み、ヨーロッパを数多くの国々に分割した。
 物質文明という点では近代において中国を大きく凌駕したヨーロッパ人は、植民地を広げ、その力は中国に及んだ。中華思想は重大な挑戦を受けた。
 清王朝は滅亡し、中華民国と満州国の不安定な時代を生きた中国人の反省を含んで、中国共産党による中華人民共和国が成立した。

 極初期の中国共産党の大きな関心ごとの1つは、国境の確定であった。彼ら自身にとってもどこまでが中国なのかははっきりしなかったので、化外の地に向かって軍隊を進め、それ以上進めなくなったところを中国の国境とするしかなかった。例えば、チベットに侵攻した人民解放軍も、「解放隊」ではなく、「調査隊」の名を冠していた。
 中国から中華思想が完全になくなったのではないが、中華人民共和国は王化の順序を変えた。都が王化の中心であることは変わりがなかったが、漢民族を後回しにし、国境線に接して住む少数部族に対して優先的に王化を進めてきた。それゆえ、少数民族は基本的に都市戸籍者であり、大学入試と公務員採用試験において得点評価に平均すればおおよそ+15%の水増しが与えられる。チベット人であれば、水増しは約+30%にも上るらしい。
  中国で貧しく希望の乏しい暮らしを送っている人々は、主に漢民族農村戸籍者である。王化から取り残された彼らは約9億人にもなる。(詳しいことは、陳桂棣, 陳春桃, 中国農民調査(文藝春秋, 2005)を参考にすることを勧める。)
 農村戸籍者は都市で自由に働けない。職種と所得が制限される。
 中国企業のみならず、中国へ進出した外国企業にとっても、農村戸籍者は安い労働力になるため、彼らが尋常ならざる搾取を受けていることについて、各国首脳は沈黙を決め込んでいる。中国製との価格競争で、先進国側でも、雇用形態に非正規率が拡大しているが、それでもまだ、企業の利益が優先されている。