チベット案件 ― ダライ・ラマ
(転生を信じようと信じるまいと、ダライ・ラマを語る上で、転生のことは避けて通れません……なぜならば、)
ダライ・ラマ自らが、転生を世俗の政治のおいても、権威と権力の源としているからです。ダライ・ラマ5世と14世が同一人物であるという主張の科学的(あるいは、超科学的)証明の成否にかかわらず、14世自らが5世と同一性を政治的に主張したからには、5世までのダライ・ラマが作った農奴制を何とかする責務を自ら引き受けていたことになります。
また、逆に考えると、チベットがイギリスや中国の支配に屈してきたことには、チャールズ・ベルやシモーヌ・ボーヴォワールの手記などによって、農奴制の実態が外国にも知られるようになったことが影響しているとも考えられます。イギリスや中国はチベットを実効支配することを正当化できる理屈を容易に作り出すことができたのです。(これは、クウェートに侵攻したり、クルド人を虐殺したフセインが独裁的に支配するイラクを攻撃する理由を、アメリカが容易に作り出すことができたのと同じです。)
外国の政府も非政府機関もその他あらゆる任意団体も、中国政府と亡命チベット政府のいずれに対しても、政治的に肩入れすべきではない、と私は考えます。
チベット案件 ― 序
チベットの農奴制はダライ・ラマ5世までのダライ・ラマによって確立されました。そして、20世紀前半まで、ダライ・ラマは農奴制に支えられた僧侶と貴族の頂点に君臨していました。
中国によるチベットでの暴動鎮圧のやり方はもちろん良くありませんが、ダライ・ラマの亡命政府がチベットに戻っても、やっぱりチベット人は幸福になれないような気がします。
中国政府への抗議が亡命チベット政府への支持を多分に含んでいると、チベットは再び封建農奴制の時代に逆戻りするかもしれません。国民の30%しか小学校教育を受けられなかったチベットのあの時代は、自由主義や民主主義の理想とは全く相容れません。
ダライ・ラマに肩入れすることには、農奴制について肯定的あるいは妥協的な立場に身を置くという危険性があります。
理想をいえば、チベットの将来のために、中国からの干渉と亡命チベット政府からの干渉の両方を、チベットから排除しなければなりません。
