search this site:

Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

同性愛者 ― I


あるネコ男性のメールマガジンを1年くらい購読していてわかったことは、同性愛者の間で、タチ優位は男女共通らしいということです。純度の高いネコ男性は女性を受けつけず、たとえ交際が始まっても、「どうして何もしてくれないの?」という女性の問いに、「ごめん、僕、男しか愛せない体なんだ」という感じの答えしか出せなかったりとか……そしてこのネコ男性にはタチ男性である恋人がいて、タチ男性にはノンケ女性の恋人もかつてはいたとか……

こういう話、確かに面白い。でも、最近アニメオタクなネコ男性と話す機会が多くて、その人とのやりとりから、ノンケ、タチ、リバ、ウケ(ネコ)やその中間や混在型それぞれに、性愛以外の面でも違いがあるはずだ、と私は思うようになった。

このネコ男性は仕事上の問題に悩んでいる時に口数が多くなる。その兄はノンケで、問題に直面している時には言葉数が少なくなる傾向があった。

アニメオタクなネコ弟は熱中している作品が作られた時代背景に興味が薄いが、一方、その作品の各シーンの構図や色彩には鋭いことをいう。洋楽オタクなノンケ兄はあるバンドに影響を与えた過去のバンド、その過去のバンドに影響を与えたもっと過去のバンドに強い関心があって、絶版になっているレコードなどを探して中古レコード店を巡っていた。

映画評論家として背景を全く語らないということはないにせよ、おすぎは水野晴男のような「映画百本ノック」みたいなことはやりそうにない。水野晴男はおすぎみたいな「●●さんって才能ない人だと思うのね私は。 なぜかって言うと、●●さんの所のスタッフだからものすごくきれいな絵なんだけど、でもそこにさ主人公たちがいるのって、必ず2人いてさ、ロングで引いてさ、向き合ってさ、なんだかさ素人みたいな●●●●●●●なのよ。それで話はつまらないし」なんてことはいわない。

スポンサーサイト

同性愛者についての随想


同性愛は生得的なものだ。

同性愛者は同性愛という特徴でのみ捉えられることが多いが、それ以外の点でも、異性愛者と異なるところが多々ある。血液型が血液のみならず全身を構成するすべての細胞の型であるように、同性愛者の気質は恋愛のみならず、人格と行動の全体を方向付ける。

政治的なことをいうと、人口の約10%を占め、社会集団として最も古くから存在し、日本では創価学会員より多く、アメリカではキリスト教原理主義者よりも数が多く、平均IQ、IQg、EQいずれにおいても異性愛者を凌駕し、全体として財力も大きく、しかも世代交代で他のあらゆる社会集団を侵食できる ― キリスト教原理主義者の子供たちにも、同性愛者はいる ― にもかかわらず、同性愛者が社会集団として実力に見合った影響を社会に与えることはほとんどない。

「同性同士だって家族愛がある」については疑わしい。少なくとも、異性愛者間の家族愛とは違うところもあると思われる。

複数の人で愛し合うこと(ポリアモリー)がいいと思っている人は異性愛者にも数多くいる。それでも異性婚が制度として成り立っているので、同性婚を考えるう上でも、ポリアモリーは無視できる。

同性愛者の恋愛は長続きしない傾向があるので、同性婚はうまくいかないことも多いが、「永遠の愛」を誓う二人に同性婚という選択肢があるのは悪くない。ただしこれはその二人の間の案件なので、結婚制度が必要だということではない。結婚に問題があるのではなく、結婚が制度となっていることに問題がある。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。