伝達処理コストと思考処理コスト
思考の中で、意味や機能が未解析の語句を保持する部分を「スタック」、解析済みの語句を保持する部分を「ヒープ」と呼び、会話において、「伝達処理」を「音声で伝えられた情報を語句に変換してスタックに渡すこと」、「思考処理」を「スタックを管理し、積まれた語句を解析し、ヒープに渡すこと」と定義します。
伝達重視言語では、伝達処理コストが小さく、思考処理コストが大きくなります。
英語は強い伝達重視傾向を示していて、
- I drew a map.(私は地図を描いた。)
- I drew the veil over my face.(私はそのベールを顔に被った。)
「I drew a map.」で実際に作用の直接対象になっているのは隠れた「a pen」と「a sheet of paper」であり、「a map」は「drew」が「a pen」と「a sheet of paper」に作用した結果です。
比較すれば、「I drew the veil over my face.」では、「the veil」は作用の直接対象になっています。しかし、「I drew the veil」まで処理した時点でも、「the veil」は作用の結果である可能性が残ります。
- I drew the veil ―(私はそのベールを描いた(?))
→I drew the veil over ―(私はそのベールを最初から再び描いた(?))
→I drew the veil over my face.(私はそのベールを顔に被った。)
「the veil」に「drew」がどのように作用するのかは、「my」がスタックに渡されるまで未定です。そのため、スタックの管理に大きな思考処理コストがかかります。
伝達処理コストが大きい日本語やその他の思考重視言語では、伝達を定型化することで伝達処理の効率を上げたがる傾向があり、人間関係が密接な社会が生まれやすい。思考処理コストの大きい英語やそのほかの伝達重視言語では、思考を定型化して思考処理の効率を上げたがるので、大がかりな哲学が生まれやすい。
言語学の長年の歴史で、言語に全体的な優劣をつけようという研究は全て失敗に終わっています。おそらく、どの言語においても、伝達処理コスト + 思考処理コストは全くあるいはほぼ同じなのでしょう。
語学 ― 認知速度と非定型的意味の伝達 ― II
(参照: 語学 ― 認知速度と非定型的意味の伝達 ― I)
軽い要素を前に、重い要素を後に置くことそのものは、認知速度を増やしも減らしもしないが、認知速度が大きいことの結果として、軽い要素を前に、重い要素を後に置きたくなる。
重要性は同じでも、1時間かかると思われる仕事と9時間かかる思われる仕事があるとする。
持ち時間が10時間あるいはそれ以下であれば、人間は1時間の仕事の方を先にやりたがる。なぜならば、1時間の仕事を先にやれば、少なくとも1つの仕事を終わらせることができることはほぼ確実だからだ。
一方、持ち時間が10時間ではなく10日間であれば、1時間の仕事を優先させたいという気持ちが弱まる。
これは私の推測だが、会話における意味伝達について、せっかちな社会とそうでない社会がもともとあって、それが語順を決める大きな要素になっているようだ。大きな文明圏の中央ではせっかちな社会ができ、辺縁ではそれほどせっかちではない社会ができる。
フランスはヨーロッパのど真ん中にあり、西には大西洋と新大陸、南には地中海を隔ててアフリカがあり、東には非イタリック語族の話者が住むドイツがある。多様な文化が交差し、非定型的な意味伝達を強いられる局面が多くなる社会環境があったため、他のイタリック系と比較しても、フランス語では省略表現が少なく、それゆえせっかちにならざるをえなかった。語順が高速言語らしいSVOとSOV混在型であるだけではなく、代名詞が擦りきれたように短くなっている。
現代の英語は結構高速だが、ヨーロッパ大陸との交流がそれほど盛んではなかった時代の古英語は、かなり低速な言語だった。古英語の叙事詩『ベオウルフ』から文を1つ抜き出してみよう。
Hwæt, we Gar-Dena in geardagum theod-cyninga thrym gefrunon. (おお、我ら昔の年月日々の槍のデーン人は、国民の王たちの誉れを聞いた)
「Hwæt」は現代英語の「What」に相当するが、ここでは注意を喚起するための語として使われているので、「おお」と訳しておいた。「we Gar-Dena in geardagum」は文の主語で、「我ら昔の年月日々の槍のデーン人は」を意味する。「theod-cyninga thrym」は「国民の王たちの誉れを」を意味する目的語で、「gefrunon」が動詞だ。目的語の位置は低速言語である日本語と同じである。
語学 ― 認知速度と非定型的意味の伝達 ― I
日本語は基本的に認知速度の小さい言語だ。
高速
↑
ヘブライ語
フランス語, スペイン語
英語
ドイツ語, 中国語
ロシア語
日本語
↓
低速
同じ意味を省略表現なしで伝えた場合に、認知速度の大きい言語は小さい言語より短時間で伝えることができる。
一般に、認知速度の大きい言語は文の軽い要素を先に、重い要素を後に置こうとする性質が強い。
「私は私が昨日買ったその本を読む」は、「私は」「私が昨日買ったその本を」「読む」に分けられ、一番重いのは「私が昨日買ったその本を」という部分だ。
英語は日本語より認知速度が大きいので、「I read the book that I bought yesterday」になり、「the book that I bought yesterday」という重い部分は最後に置かれている。
この重い部分が代名詞になった場合を考えてみる。
「私はそれを読む」という日本語文では、代名詞「それを」のほうが、数少ないものから選ばれているという点で、動詞「読む」より軽いかもしれない。英語では「I read it」であり、「it」は「read」より明らかに軽いが、英語は「I it read」とはいうほどに速くはない。
英語よりもさらに速いフランス語では、一般にSVO型の文を作るが、目的語が代名詞である場合には、語順がSOVになる。
「Je lis le livre que j'ai acheté hier」の目的語「le livre que j'ai acheté hier」は文の最後に置かれているが、「Je le lis」の目的語「le」は動詞よりも前に来ている。
日本人にとって英語でのやり取りはとても速く感じられるが、フランス人にとって英語はそれほど速く感じられない。
速度がとても小さい日本語では、各単語の音節数も多めであるため、日常会話においては文のあちこちを省略する。
「私は私が昨日買ったその本を読む」→「私は昨日買った本を読む」
そのため、日常の定型的なやり取りで、日本人が不自由さを感じることはない。しかし、話がややこしくなってくると、日本語の伝達効率はどんどん低下する。例えば、「私はあなたが昨日買ったその本を読む」の「あなたが」は省略できない。「私は昨日買った本を読む」と比べれば、もっと非定型的な「私はあなたが昨日買った本を読む」では音節数が増え、文がずっと長くなる。
非定型的な内容を伝達しようとする際に、日本語では伝達効率が大幅に低下する。日常会話と比べると、議論ははるかに非定型的なので、日本人は議論を面倒くさいと思う傾向がことさら強い。一方、認知速度がもともと高速なフランス語では、日常会話と議論とで伝達効率にあまり差がつかないため、日本人と比べて、フランス人は一般的に議論を好む。「カフェでの話題の90%は政治ネタだ」というあるフランス人の言葉は正確ではないけれど、実情からまるでかけ離れているということもない。
語学 ― 漢語と同音異義語
「こうしょうが終わり、彼はこうしょうした」が、「交渉が終わり、彼は巧笑した」なら、彼は愛想笑いをしたことになり、「交渉が終わり、彼は哄笑した」ならば大笑いしたことになる。
マスコミではいろいろ苦労があるようで、例えば、「こんしゅう」は「今週」なのか「今秋」なのかわからないので、後者のために新しく「こんあき」という読み方を考案た。しかし「こんあき」の定着度は期待通りではなさそうで、「この秋」「今年の秋」ということが多いようだ。
「科学」と「化学」は混同しやすいので、後者を「ばけがく」と読むこともあり、社名では面倒なので、「株式会社〜化学」よりも「株式会社〜ケミカルズ」のほうが好まれても仕方がない。
学問の発達により、江戸時代には予定していなかった漢字の組み合わせが問題になることも多い。「工学」と「光学」、「硬口蓋」と「高口蓋」、「後母音」と「高母音」と「広母音」、「抜歯」と「抜糸」。
識別は容易ではない。同音異義語の多い漢語は、今のままでは、話し言葉に向きません。話し言葉に使われないものは、やがて、書き言葉にも使われなくなる。
言語 ― 表音文字と正書法
日本語で歴史的仮名遣い「てふてふ」が、現代の発音をより忠実に反映した現代仮名遣い「ちょうちょう」に変更されたのは良いことだ。日本語ではさらに良いことに、発音変化に綴りを裁量で合わせることが伝統として定着し、「でかい」→「でけぇ」のように、発音のインスタンスに合わせても綴りが変更される。
フランス語やドイツ語も発音の変化に応じて綴りを合わせてきたため、むしろ扱いやすい。「numerieren」がドイツ語の新正書法で「nummerieren」になったのは良いことだ。実際の発音をできる限り規則的に表記できることこそ、表音文字の本分だからである。
一方、英語では大母音推移が終わっても、新しい発音に綴りを合わせなかったため、綴りと発音の関係に多くの不規則性が生じていて、収拾がつかない事態になっている。
[i:]→[ai] ― child, light
[e:]→[i:] ― deep, see
[u:]→[au] ― house, cow
[o:]→[u:] ― food, soon
[O:]→[ou] ― home, oak
[a:]→[ei] ― haste, take
英語ではつづりと発音の間の不規則性が大きいため、発音のインスタンスに合わせて綴りを変更することは難しい。改革を拒んだことで、英語は綴りの整合性と柔軟性の両方で多くを失った。

