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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

全体の安定とアラインメント ― 『わがままな彼ら』および終論


参照: http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-293.html //

小泉構造改革の間、道路公団の藤井当時総裁とライブドアの堀江社長がそれぞれ、代表責任者の地位を失った。

藤井はLawful Egoistの典型であり、堀江はChaotic Egoistの典型だった。

藤井は道路公団に巨額の赤字を負わせたこと、堀江は粉飾決算で株主に割高な株を買わせたことが問題視されているようだ。

それらの問題は無視されるべきではない。しかし、社会を構造という観点から捉えるならば、「わがままな彼ら」にも社会で果たした役割があった。

藤井が躓いたことで、官僚主導の政治を改革し、体制を縮小しようとする小泉純一郎には支持が集まった。体制の肥大化に歯止めがかかった。

堀江が躓いたことで、行きすぎた規制緩和に社会は懸念を示すようになった。経済についての過度な放任主義に歯止めがかかった。

社会で様々なアラインメントがそれぞれある程度の力を持ち、それらの力の均衡で社会全体が中道にある時、それぞれのアラインメントが社会の発展と繁栄に貢献する。「わがままな彼ら」もまた例外ではない。


戦前戦中の日本、ドイツ、イタリアが国際社会の鼻つまみ者であったこと、恐怖政治時代のソビエト連邦と文化大革命時代の中国がそうであったこと、そして現在の北朝鮮がそうであることには、アラインメント均衡の崩壊という共通点が見られる。

アラインメントの均衡が崩れた社会は、アラインメント均衡を取り戻すか、体制を壊して立ち直るか、戦争を始めるか、いずれかの道を辿ることになる。

主権者としての国民が平和維持を望むならば、アラインメントの均衡を意識した方がいい。

(今回の一連のアラインメント論はこの記事で終わりとなる。Lawful-Chaotic軸、Altruist-Egoist軸しか詳しく取り上げなかったが、人間のアラインメント軸は他にも多数存在する。)

全体の安定とアラインメント ― ネットウヨとネットトレーダー


参照: http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-293.html //

「左翼」と「右翼」はそれぞれの国や地域で意味することがまったく違う。フランスではもともと「左翼」はブルジョワ革命と自由民主主義の理念を信奉 する人々のことであったが、日本では共産主義者を指して使われることが多い。また、「右翼」は既存体制の一貫した支持者のことだったが、ロシアではがちが ちの共産主義者、日本では黒塗り街宣車を走らせて騒いでいる人々のことで、街宣右翼の大部分は在日朝鮮系の人々である。

混乱を避けるために、インターネット上で体制主義的あるいは民族主義的な持論を展開している日本人たちを、ここでは「ネット右翼」ではなく「ネットウヨ」と呼ぶことにする。

株式市場や通貨市場で、短期、時には分単位の極短期で資金を裁量売買している人々は、もはや投資家ではなく、むしろ投機家なのだが、インターネットを介した売買で培われる、市場に対する淡々とした姿勢、大口の心理分析よりも直観的な反応を生かした手法などで、旧来の投機家ともまたまったく違う。彼らの中で成功者には、ビデオゲームを楽しんで育った人が多い。

この新しい投機家をここでは「ネットトレーダー」と呼ぶ。

クラスとアラインメントは1対1の関係にはないが、ネットウヨというクラスはおおむねLNであり、ネットトレーダーの大部分はCNである。ネットウ ヨはある点で他者へ貢献しつつも、別の点で他者の権利の縮小と義務の拡大と唱えている。ネットトレーダーは自己の利益を追求するが、ルールを逸脱しようと はしないし、覚悟の出来ていない者とは勝負しない。

ここでフランス革命を思い起こしてみよう。ロベスピエールは旧体制を否定し、新しい体制を作ろうとしていた。ロベスピエールはLAであり、数多くの 革命派LNに担ぎ上げられていた。彼らが数多くのANを動員することに成功したことが、反革命派LNを敗北させ、フランス革命を実現させた。

日本の明治維新も同じで、幕府を倒したのは新たなるLNを主体とする勢力であり、彼らは江戸幕府よりもさらに強力に国民を ― 主に戦争に ― 動員する仕組みをつくりあげた。天皇制は革命王朝であり、東京招魂社は革命神社であった。

革命や変革を主導するのは決してChaoticsではない。革命的勢力は常に、新たなるLawfulsを中心とするものなのだ。

今の日本では、憲法改変の気運の高まりの中で、革命的勢力は主に革命的LNで構成され、その中でもネットウヨは特に活性化している。そしてネットウ ヨに担ぎ上げられるのは、『国家の品格』の藤原や『国民の思想』の八木のような、「愛国心」を唱えるおっさんたちだ。実際、『国家の品格』は200万部も 売れた。

反革命的なLNを代表しているのは、自民党内護憲派、公明党内護憲派、民主党内護憲派、社民党、共産党などだが、いずれも力が弱い。反革命的勢力は 自らの代表を支持するだけでは、戦いを有利に進めることなどできない。ゆえに、革命的勢力に複雑な分断工作を仕掛けることになる。既に、自民党に安部包囲 網が作られつつある。

こういう状況では、国政がわかりにくくなる。国政選挙でも、各地域の身近な話題についての細部までの理解を端的に示せる ― あるいは、匂わせる ― ことが重要性を増す。千葉の衆院補選は自民党の落下傘候補が破れた。また、滋賀県の知事選挙で、自民、公明、民主の与野党相乗り候補に対し、社民党が推す 候補が勝利を収めたことも、次の参院選の傾向を暗示している。

国内でのネットウヨの活躍に比べると、ネットトレーダーなどのCNは、体制とその変革に対し、一見無力だ。ネットトレーダーはネットウヨよりも遥か に数が少ない上に、ネットトレーダーにとって革命的LNは政治的に不利益で、反革命的LNは経済的に不利益であるため、どちらか一方に加担することは難し い。

しかし、ネットトレーダーの存在は、個人に対する国家体制の動員力を確実に弱めていく。良好なインターネット接続環境があれば、ネットトレーダーは どこでも同じように仕事ができる。ゆえに、成功したネットトレーダーはどの体制に税金を支払うか、つまり、どの体制からサービスを買うか、自由に決めるこ とができる。

By Leoneed, also known as Lexar

全体の安定とアラインメント ― 「愛国心」と「萌え」


参照 http://reviva.blog1.fc2.com/blog-entry-293.html //

上記参照記事内で、私は

「愛国心」を唱えるおっさん(LA)も、「萌え ~」とつぶやくアニメオタク(CA)も歓迎する。

と述べた。

日本語での「愛国心」は英語の"statism", "nationalism", "patriotism"の全てを含んでいる。「国」が"state", "nation", "country"のいずれも意味しえるからだ。

ゆえに、日本で「愛国心」を唱える人々の間では、思想の相違点を、あまり速やかには認識できない。太平洋戦争に到った日本の社会には、体制を暴走さ せる可能性が高い構造が存在し、その構造に日本語における「愛国心」の曖昧さは少なからず寄与した。意味が曖昧な「愛国心」はNeutralsを巻き込み やすい。

さて、少なくとも私のように自由主義から平和主義を発想する個人にとって、今の日本の社会に体制の暴走を抑制できる構造があるかどうかは重要な関心事で、暴走抑制構造に寄与する社会現象として、「愛国心」に対抗できるのは「萌え」だと思われる。

「萌え」は何らかの対象への好意的な感情の高ぶりを表す俗語で、各個人にとっての「萌え」が意味するところの内容があまりに多様であるため、「萌 え」を正確に定義することは難しいし、全体像を掴もうとする試みの結果はたいてい虚しい。これ以降、私が語る「萌え」は「萌え」の一局所である。

「萌え」という言葉は作中まったく出てこないが、綿矢りさの『蹴りたい背中』は萌え文学だ。内容は授業中に女性ファッション誌を堂々と読んでいるオ タク少年にいつしか萌えることになる少女の話だ。この少女の台詞に「どうしてそんなに薄まりたがるんだろう。同じ溶液に浸かってぐったり安心して、他人と 飽和することは、そんなに心地よいもんなんだろうか」とあり、彼女が自由を求める人間であることが示されている。

2chで有名になった「萌え」出来事をまとめた『電車男』が出版され、映画化、ドラマ化された。電車男はエルメスに萌えることになったのは、エルメ スが電車内で酔っ払いに絡まれて困っていたからだ。その後、エルメスと交際しようとしていろいろ悩み困る電車男に対し、掲示板仲間たちが萌えていく。

三浦綾子の『氷点』に近い主題を、SFとロウファンタジーの世界観で展開した漫画『エルフェンリート』も典型的な「萌え」作品だ。幼少期の記憶を 失った少年と多重人格の少女の命懸けの崖っぷち恋愛未満の関係を中心に、差別、迫害、救いを描いている。少年は寂しそうな少女を放っておけなかった。

広く話題になる「萌え」の根底には、自由な人間が自ら選び取った対象についての何らかの使命感がある。「愛国心」には「自ら選び取る」という前提は なく、日本人なら日本を愛して当然だというのが典型的なロジックだが、「萌え」と「愛国心」は使命感という根っこを共有している。

だからこそ、「萌え」は「愛国心」は心の同じ隙間を生めることができ、「萌え」は「愛国心」に対抗し、それを抑制できるはずだ。

全体の安定とアラインメント ― 序


極端なのはたいてい、よくない。 

国家実体を構成する人々 ― 臣民とか、国民とか、人民とか、市民とか ― があまりに求心的だと、先の大戦中の日本や今の北朝鮮のような軍国主義体制が台頭するし、あまりに遠心的だと無政府状態に陥ってしまう。

体制や他の個人に対する個人の基本的な立ち位置 ― アラインメント ― が適度にばらついているのが、国家実体の幸福の安定確保に必要不可欠だと私は思う。

大まかに考えると、体制に対する個人の態度は、体制寄りのLawful、中立のNeutral、個人寄りのChaoticに分けられ、他の個人に対 するそれぞれの個人の態度は、利他的なAltruist、中間のNeutral、利己的なEgoistに分けられる。これで、9つのアラインメントが定義 できる

  Lawful Neutral Chaotic
Altruist LA NA CA
Neutral LN AN CN
Egoist LE NE CE

"AN"は"Absolute Neutral"を意味する。

バブル崩壊以降の日本は経済のみならず、政治でもちょっとした危機に直面してきた。政治家と無党派層の相互作用で、政治がどんどんわかりにくくなっていた。アラインメント表でいえば、ANの部分が厚くなりすぎたのだ。

選挙で「マニフェスト」なる言葉が盛んに使われるようになったのも、政治家や政党の主張が没個性的で、「自民党」や「民主党」などの党名だけでは、候補を支持していいのか、有権者にわかりにくいからだ。

中央のANが厚すぎる構造は危ない。傾く時はどちらかに一気に傾く。先の衆議院選挙での自民党の圧勝のようなことも起こる。

私はネット右翼(LN)の存在をむしろ歓迎する。同時に、ネット株トレーダー(CN)も歓迎する。「愛国心」を唱えるおっさん(LA)も、「萌え ~」とつぶやくアニメオタク(CA)も歓迎する。税金の無駄遣いの一因となっている天下り公務員(LE)も、株式市場を混乱させたホリエモン(CE)も、 まあ、ある程度は歓迎する。彼らはAN層を薄くしてくれる。

そして、森派の安部と福田が自民党総裁選で激突してくれることを、大いに期待している。もともとビミョーな麻生がタカ発言でタカ票分断工作を行な い、軍人遺族会会長の古賀誠がA級戦犯分祀論を唱えるなど、激突に向けて、自民党内でも準備が進んでいる。人気の差は急速に埋まる。

by Lexar, also known as Leoneed