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Chaotic Neutral

左にも右にもよらず、自由な生き方探し。

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愛国心批判 ― ウヨアニメ『誇り』について


日本が過去に何の間違いもしでかさなかった、と信じるなら、それは愛国心を通り越してすでに狂気の域にある。

日本青年会議所作製のDVDアニメ『誇り』について
http://www.asyura2.com/07/senkyo34/msg/894.html

過去から来た青年、雄太の語る内容はこんな感じ:

「領土拡大戦略として南下してきたロシアと、そのロシアから自分たちの国を守りたかった日本。その後、それぞれの思惑とは別に周囲を巻き込みながら、その後の大東亜戦争にまで発展していくんだ」 ― ここまでは良し。司馬遼太郎だってここまでは同意するだろう。

「日本対アメリカを含む連合国軍との戦いを、当時、日本では東アジアの白人からの解放を大義目的にそう(大東亜戦争と)呼んでいたんだ」 ― まあこれも間違っちゃいない。

「日本は亡国の道を歩むか、戦争に突入するか―二つに一つの決断を迫られ、アメリカをはじめとする連合国軍との戦争という苦渋の決断を強いられた」 ― アメリカの提案通りに中国やインドシアから手を引いても、亡国の道を歩むことにはならなかったはずだ。だって、植民地がなくなっても、戦後日本の奇跡の復興は実現した。

「(GHQは)戦争で残虐行為を働いた凶悪な日本兵というイメージを日本国民に植え付け、洗脳していった」 ― これも間違い。第731部隊は凶悪だったろう。慰安婦問題でも、オランダからかなり決定的な資料が出てきて、強制売春があったことは世界に事実としてより強く認識されるだろう。GHQが日本人に知らしめた戦中日本のイメージはおおむね正しい。

安部晋三の「美しい日本」ってのは、太平洋戦争を含めての日本全面礼賛のことで、この路線で突き進めばいずれ、日本は反アメリカ国家になってしまう

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愛国心批判 ― IV


「国」に相当する英語の単語は、"state"、"nation"、"country"の3つで、意味範疇が微妙に違う。

国旗や国歌の強制など、体制の都合に拘るのがステイティズム、国民の利益に拘るのが本来のナショナリズム、その土地の伝統などに拘るのが本来のパトリオティズムだ。

アメリカ南部の筋金入りのパトリオットたちは、星条旗を拒否し、南軍旗を使う。

フランス語の"patrie"は英語の"homeland"に相当する。(フランスの国歌La Marseillaise では"Allons! Enfants de la Patrie!"という行があり、大文字で始まれば意味がかなり変わるが。)

フランス革命史観もそれなりに批判されるようになり、ステイティズムとパトリオティズムの違いが意識されるようになったフランスでは、国歌が公立の学校で教えられることはほとんどなくなっている。国歌を強制するのは良くないが、国歌を教えないのも良くない傾向だと思う。国歌を教えなければ、国歌を喜んで歌う人間も、国歌を拒否する人間も表れようがない。問題の発見と解決に必要なのは、多様な人間の多様な視点なのだ。

アメリカやフランスの現実と比べると、自民党が音頭をとっている「愛国心教育」の、先進国の政治状況としては異様なまでの単純さは目立っている。「愛国心」を唱える自民党の連中は、あまり愛国心について考えたことがなかったのだろう。連立与党である公明党との協議の中で、自民党議員たちはようやくパトリオティズムを発見した。

愛国心批判 ― III


日本人とアメリカ人のクラシック音楽愛好家には、フィンランドの作曲家、シベリウス好きが結構多くて、私も例外じゃない。シベリウスの『交響曲第6番』はマーラーの『交響曲第9番』より美しいと思う。(これは誰がなんといおうと譲れない。)

アメリカの高校の数学のクラスで、私の右隣にフィンランド人の極めて美しい少女が座ってた。フィンランド人はシベリウスの『交響曲第2番』や『フィンランディア』を涙を流しながら聴く、と思っていた私は彼女に、「シベリウスを聴くことがあるか?」と尋ねてみたら、「ほとんど聴かない。興味ないの」とのお返事。

私は少なからず彼女に幻滅した。私のノートを食い入るように覘きこむ彼女、フィンランド人のくせにシベリウスの素晴らしさがわからないなんて、ダメだなぁ、と思った。

日本人で日本の文化についてよく知らないと、馬鹿にされることがある、というのは多分本当だ。私もシベリウスを知らないフィンランド人を馬鹿にしてた。

しかし、国の発展を左右するのは、自国の文化への個人の関心ではない。

数学の時間に、フィンランドの美少女は誰よりも熱心に勉強していた。私は面倒くさそうに彼女に数学を教えてた。

15年くらいたって、フィンランドが産業競争力で世界第2位になったとき、日本は第21位に転落していた。

ちなみに第1位はアメリカだった。日本の高校教師があれほど馬鹿にしていたアメリカが、日本よりはるか上になっていた。

愛国心批判 ― II


振り返れば、日本の高校に通っていたときに、社会科の教師が「日本の技術は世界最高」「アメリカも中国も21世紀までに倒れる」「アメリカの高校にいけば、マリファナを吸う男子生徒と妊娠する女子生徒がごろごろいる」とか教えてくれた。

まずいことに、アメリカに行ったらマリファナと妊娠の話は結構本当だったよ。他に、文系の自分がアメリカの高校の数学のクラスで教師以上に数学ができたりと か、日本を世界一だと思い込む体験にはこと欠かなかった。自分が日本人だってことがすごく誇らしかったよ。戦後日本を作り上げたのが自分ではないにもかか わらずね。

似たような体験は、当時海外に出た会社従業員とかも持っていたはず。

株バブル崩壊の約3年前、不動産バブル崩壊の約6年前 ― 日本人が自らの欠点や恥部を抉ることを忘れていた時代だった。

愛国心批判 ― I


日本人全体を見れば、愛国心を口に出さないけれど、愛国心そのものは強い人が多いと思う。私の父は新聞で日本の新技術とかそういう記事を見つけ出すと、喜 々として1時間はそれについて語る。特許貿易で日本はアメリカに対して大幅赤字なんだけど、それでも日本が世界一だと思っている様子。

父が読んでいるのは朝日新聞。国家体制に批判的な朝日新聞も、国家実体についてはものすごく愛国だ。

で、そういう父を私はちょっと馬鹿にしてたんだけど、あるときNHK特集でカシオの工場がフレクストロニクスに買収されたことを知った。カシオの工場に技術指導に来たのはブラジル人。

青天の霹靂 ― だったよ、あれは。しばし呆然としてた。それまで、特許では負けても、もの作りじゃ日本は負けない、と思ってた。神国日本への旧日本軍の信仰と、日本のもの作りへの私の信仰に、大差はなかった。

それからいろいろ調べていくと、液晶テレビで日本は中国に抜かれているし、ブランドバリューで日本のソニーが韓国のサムソンに負けてるし、アメリカのチェイニー副大統領の血管には中国製のステントが入っている。

『プロジェクトX』を見てたら、戦後の日本人は「日本はドイツに負けてる」とか「日本はアメリカに負けてる」とか思って、ミシンとか自動車とか開発してた。バブルの頃の日本人とは全然違う。

「日本のここがダメだから改善しよう」という発想につながる愛国心なら大いに歓迎すべきなんだけど、今政府が音頭を取っている愛国心教育にはそういうところが見受けられない。

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