権利について ― V
意思説における権利はオプションだ。使うか使わないか、それは個人が決めること。
権利ってお金と似ている。権利もお金も、持っていることそのものに、かなりの意味がある。
世の中のたいていの人は、お金がそれほど好きではない。彼らはお金で買えるものを好む。
国籍離脱権の話を聞くとすぐに、"それだけ日本がイヤなら、憲法22条に従って、国籍を離脱したらいいのに"という人は、"お金がそれほどあるなら家を買えばいいのに"という人に似ている。
ところで、私には、国籍離脱権以外にいろいろな権利がある。順序としては、まず、それらの権利を使って自分の生活、社会、国家体制を自分の理想に近づけるように努力するべきだ。
いいかえれば、権利を行使して、さらに大きな権利を手に入れようと努力すべきだ。
お金に喩えるならば、お金を投資し、さらに大きなお金を手に入れようとすることに似ている。
しかし、神ならざる私は全能ではないから、権利も取引口座も小さくなる可能性がある。
投資対象の状態が悪化し、損切りが必要になることもある。損切りをすれば、取引口座の消滅を免れる。同じように、体制が個人の権利を急激に縮小しようとすれば、個人は国家体制について"損切り"をする必要がある。それが国籍離脱。
権利について ― IV
日本国憲法第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、
常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
ここでの権利は、明確に、意思説における権利のことだ。
また、全ての権利には保持義務が伴っている。
よって、日本国憲法が権利に偏っているという主張は正しくない。
権利について ― III
> 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、
> この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
この条文における主権とは、国政の権能の源として国民が持つ
権利の総体のことだろう。
これによれば、国民の権利は、主権として行使される場合、
歴史や伝統に妨げられない。
また、ここでの権利は意思説的に定義されている。
だから、"総意"という言葉が使われている。
天皇の地位について、国政の場で、
後に国民に不利益となる取り決めがなされても、
国民がそれに反対する意志を総体としてあらかじめ
示していなければ、国民は政府に補償を求めることはできない。
権利について ― II
防衛庁長官時代の石破氏は、日本国憲法が禁じているところの
"戦争"を"侵略戦争"と解釈した。
これは意思説によるもので、私は石破氏に嫌悪感を禁じえないものの、
"戦争"についての彼のその解釈は正しいと思っている。
edit
権利について ― I
権利については、利益説と意思説がある。
さらに選択説というのもあるのだが、
それは意思説からの派生だから、
意思説に含まれると思う。
・利益説 権利は利益である。
・意思説 権利は意思である。
